第27話 絶望のための布石
場内はパニックに、手と足に枷がつけられた状態で必死にイグは逃げようと駆けずり回っていた。
「お、おい、どうする!? いくら何でも、ひどくないか!?」
「そうだそうだ! あんな綺麗な子を出品するなんて……本人も嫌がっているじゃないか!!」
レモントとウォリーも、その様子からこれがただ事ではないと察する。
「皇女殿下がこんなところにいるはずがないけど……でも、あんなか弱い女性になんてことをするんだ……」
「そうだそうだ!」
「人を何だと思ってるんだ!」
オークションのスタッフがイグを捕まえようと手を伸ばす。
「きゃああああああ!!」
何とかかわしていたイグだったが、ついにバランスを崩してステージの上から落下。
「
その瞬間、俺は俺以外の全ての時を停止させる魔法を唱えた。
全てが止まった会場内で、俺はゆっくりとステージの方へ近づく。
驚いた顔で口を開けたまま止まっている客たちの間を通って、床に頭をぶつける寸前のイグを見下ろす。
————やっぱり、この瞳はイグだ。
「どうして、なぜお前がここにいる?」
俺以外の全ての時間が止まっているのだから、イグが話せるわけがない。
それでも俺は続けた。
「……このまま頭を打ったら、下手をすれば死ぬかもしれないなぁ。困った。助けてやる義理は俺にはない」
でも、こいつは魔王討伐の報酬の一部だ。
魔王討伐後、絶対の信用を得て、公衆の面前で偽物の皇帝を殺す。
婿となる男に、殺される皇帝。
魔王を討伐した勇者に、英雄に殺される皇帝。
想像しただけでにやけてしまうこの計画に、こいつは必要だ。
————そうだ。それなら、こうしよう。
俺はステージの上に登り、聖剣の鞘に手を伸ばした。
鞘の代わりに巻いていた湿った布を解いて、鞘に収め、改めて腰に指す。
それから、イグのところへ戻った。
まるで落下したところを綺麗に受け止めたかのように、イグを横抱きにして抱え、停止魔法を解除する。
「
すぐに止まっていた全てが動き出した。
「ああ…………えつ!?」
イグは驚いた表情で、俺の目を見て、そして、頰を赤らめた。
「皇女殿下、大丈夫ですか?」
「……あ、あなたは————リヴァン……?」
俺のことを覚えているのは、予想外だったが、俺はできるだけ柔らかく笑う。
「俺を覚えていましたか」
「お、覚えているわ……子供の頃にお会いしましたし」
「それはありがとうございます。では、逃げましょうか」
「え……?」
俺はイグを横抱きにしたまま、走った。
悪者に捕まった皇女殿下。
本当は、もっと簡単に助けることができる。
時間を停止させたまま、会場の外へ運んでしまえばいい。
でも、それじゃぁ、意味がない。
「レモント、ウォリーここから出るぞ!」
「えっ!? お、おう!!」
「わかった! で、でも、聖剣の鞘は!?」
あえて助けているところを見せなければ、意味がない。
「大丈夫。とにかく、今はこの皇女殿下を安全な場所に」
悲劇のヒロインを救う。
そうして、簡単に俺は手に入れる。
この生意気な偽物皇女の心と体も、全部支配してしまおう。
裏切られた時の衝撃が、より大きくなるように。
俺が味わった絶望よりも、もっと……
大きな絶望を————
*
「あ、ありがとうございます」
追ってから逃れて、俺たちは人通りの少ない路地裏に腰を下ろした。
イグは俺の予想通り、頬を赤らめどこかぼーっとした表情で俺を見つめる。
枷を外すのにわざと手と、足に触れるとピクリと震えているのがわかりやすかった。
「一体、どうしてこんなところにいたんですか? 皇女殿下」
「それは……その……」
イグは最初はモジモジと恥ずかしそうにしていたが、俺が笑いかけると、少しずつだが何があったのか語り出した。
「お、お父様が……私を魔王討伐の報酬にしたことは、ご存知?」
「ええ。国中に勇者募集の告知がされていますから……」
「私、それが嫌で、お城を抜け出したんです。私の意思なんて関係なく、魔王を倒した勇者と結婚させようだなんて、そんな酷い話とても受け入れられませんでした……確かに、皇女としては国の英雄に身を捧げるのは普通なのかもしれません。もしかしたら、それが務めなのかもしれません。でも、私は、ずっと……心に決めた方がいまして」
「心に決めた方……? 恋人がいらしたんですか?」
「いいえ、そういうわけじゃ……ただ、結婚するなら、誰だかわからないような、もしかしたら、身分のとても低いかもしれない野蛮な方より、以前から知っている方とか、せめて貴族以上の身分でないと、嫌だと思いまして」
要するに、イグは家出をしたのだ。
このまま城にいては、いずれ魔王討伐を果たしたどこぞの男のものになってしまうのが嫌で……
その道中、盗賊に襲われ、イグ本人も人攫いにあってしまった。
そして、この町に連れてこられ、出品させられたのだという。
「……なんて、危険なことを。あそこで誰かに買われていたら、もっと酷い目にあっていましたよ?」
「そうですよね。そこは反省しています。でも、やっぱり、私はせめて一度だけでも、もう一度だけでも、結婚させられる前にお会いしたかったのです……」
今にも泣き出しそうな、そんな熱い目で俺を見つめるイグ。
————これは、まさか……
「————リヴァン、私があなたにお渡しした星の砂のことを覚えていますか?」
星の砂。
必要ないとミクスに渡してしまったあの星の砂が入った小瓶。
「……ええ。覚えています」
あの当時は知らなかったが、ノストリアの士官学校でクラスメイトの女子からその意味を聞かされたことがある。
都会で流行っていた、初恋が叶う
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