第5章 過去からの手紙

第43話 過去からの手紙


 帝国西部ウェストリア。

 この街は、職人や技術者の街と呼ばれている。

 魔法使いで有名なストレガ村のあの奇妙な建築物も、この街の技術者が魔法使いの魔法と見事に融合させたものだ。


 また、食の宝庫とも呼ばれている。

 様々な食材を世界各地から仕入れ、いろいろな調理法で極上の料理を提供する。

 安い上にどこの店に入っても職人こだわりのうまい料理が食べられるとして有名な街だ。


 そんなウェストリアで代々領主を務めるヴィジョン家の次男アフロ・ヴィジョンが住むこの屋敷は、ドラゴン屋敷と呼ばれていた。

 庭中に様々な地域から買い集めたドラゴンが仲良く飼育されている光景は圧巻で、観光名所の一つにまでなっている。

 ドラゴンに興味のある子供たちが、いつでもドラゴンの様子を柵の向こう側から見ることができるらしい。


「おお! 単眼ドラゴンの子供じゃないか!」


 黒髪のチリチリ頭。

 アフロは嬉しそうにルースに頬ずりをすると、なぜか涙を浮かべていた。

 俺はこの人にどこかで会ったことがあるような気はしたが、どうも思い出せないで首を傾げる。


「……あの、以前どこかでお会いしたことがありませんか?」

「以前……? さぁ、覚えていないけれど……? あ! バーレの話じゃ、君はあのイストリアのルルベル家の人間だそうだね」

「はい。そうです」

「ああ、それならもしかして……ガイル前宰相の葬儀に参列していなかったかい?」

「あ……」


 ————そうだ、あの時の……!!

 でもあの時のチリチリ頭は下級貴族じゃなかったか?

 ウェストリアの領主なら、爵位も高いだろう。

 なぜ、あんな後ろの方に?


「やっぱりそうか。それなら、君が会ったのは私ではない。ギャラディ家の人間だろう。母方の親戚筋でね……顔とこの髪質がよく似ていて、間違えられることが多いんだ」


 アフロの話によれば、ガイルの葬儀の時、アフロも参列する予定だったのだが珍しいドラゴンを見つけて、うっかり谷底に落ちて両足を骨折。

 葬式には参列できなかったらしい。

 ギャラディ家ならば、確かに下級貴族だ。

 前世の俺が生きていた頃、一度、盗みを働いたとかで使用人が連行されていたのを見たことがある。

 噂では、真犯人はその使用人ではなくギャラディ家の息子だと言われていたが……


「結局、その時見つけたドラゴンには逃げられてしまってね……悔しい思いをしたものだよ」

「は、はぁ……」

「それにしても、まさかマリーの子供のドラゴンが見つかるとは……なんという運命だろう。ああ、この感じ。マリーを初めてうちに連れてきた時を思い出すよ」


 アフロは聞いてもいないのに、マリーとの出会いを語り始めた。


「あれは、三十五年ほど前だったかな? そう、確か、イストリアに魔王軍が攻め込んで……だから、2000年のことだった。私は父の仕事の都合で当時はテントリアに滞在していてね。ウェストリアへ帰る日のことだった。街で単眼ドラゴンが売られていたのを見て、どうしても欲しいと父にせがんで買ってもらったんだ。売っていた男の話によれば、イストリアからテントリアへ逃げてきた途中で拾ったそうだよ」

「そ、そうですか……」

「運命だと思ったよ。メスの単眼ドラゴンなんてとても珍しいからね。ストレガ村の工房にオスがいたけど、そちらはいくら金を積んでも売ってはもらえなかったから……嬉しくて嬉しくて————今でも、マリーが当時身につけていたものは大事にとってあるんだ」

「身につけていたもの?」

「ほら、そこのガラスケースに展示してあるだろう?」


 おそらくマリーであろう単眼の赤いドラゴンの絵のすぐ下に、ガラスケースに入ったシルバーのチェーンがついたタグが入っていた。

 平の銀プレートに、かろうじて読める程度ではあるが文字が彫られている。


「このタグが首からかけられていたんだよ。と書かれているだろう? 多分、子供の字だね。単眼ドラゴンは初心者の子供が飼うには少し難しいドラゴンなんだ。きっと、イストリアの貴族の子供が捨てたんだろうね」


 銀細工師の真似でもしようとしたのだろうか……名前と一緒に、プレートの右下にはチューリップのようなものが彫られていた。

 それを見た瞬間、俺の脳裏にジェーンの顔が思い浮かぶ。

 ジェーンがよく描いていた絵に、似ている気がして……————涙が出た。


「おやおや! そんなに感動的な話だったかい? 私とマリーの出会いは……」

「いや、そうじゃなくて……」


 娘のことを思い出したなんて、とてもじゃないが言えない。

 前世の記憶を持ったまま生まれているとはいえ、今の俺はリヴァン・ルルベルだ。

 いつか、近い将来、俺を殺したあいつに復讐するまで、もう誰にもこの話はしないと決めている。


「……近所に住んでいた子が、これと同じような絵を書いていたのを思い出したんです。魔王軍の攻撃で……あの子はもう——————」


 それでも、誰かを想って泣いているこの切なさを、共有したかった。

 だから、そんな嘘をついた。


「そうか……魔王軍のせいで、イストリアは大変な目にあったんだね」


 アフロはとてもいい人のようで、顔も知らないその子を思って一緒に泣いていた。

 心の優しい人だからこそ、ドラゴンはこんなにも彼に懐いているのだろう。

 マリーのために餌のシオヒキガエルを取りに行っていたバーレは、戻ってきたら俺たちが泣いていたのを見てかなり戸惑ってたが、事情を話せば一緒になって泣いていて……

 この人たちになら、ルースを安心して預けられると思った。


 ところが、ルースを預けてストレガ村に戻った時————



「……あ、リヴァンくん!」


 村長の家の前にいたマーナと偶然会い、それが間違いであったことを俺は知る。


「これ、あなたからジェーン様のことを聞いて、思い出して————」


 マーナから手渡されたのは、ジェーンから届いた古い手紙だった。

 日付は、ジェーンが行方不明になるより前。


「なんだよ……これ……————」



 まだ書き慣れていない拙い文章で書かれたその手紙には、イストリアでジェーンの身に起きた顛末が書かれていた。


『チリチリ頭のお兄さんが、マリーを連れて行った。ごめんなさい。せっかくもらった大事なドラゴンだったのに、守れなかった』





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