第42話 鑑定魔法


「ルース? どうして……?」

「……どうして? うーん、なんとなくよ。マリーといえばルースかなって」


 バーレに理由を問われて、ジェーンは戸惑っているようだった。

 まるで自分でもなぜ、マリーといえばルースだと思ったのか、わかっていないような……そんな歯切れの悪い表情をしている。


「それって、『ルースとマリー』って童話じゃないかな? 僕が子供の頃、よく母さんが読み聞かせてくれた……」


 村長は、書斎の棚の中断からその童話の本を取り出した。


「ほら、これ。母さんの親戚が書いた本で……この村出身の————皇室にお嫁に行ったあの方の愛読書として有名だった」


 俺はそれが、ミザリのことを言っているのだと、すぐにわかった。

 だが、ミクスがどうしてこの童話を知っているのかわからない。

 フローズが教えたのか?


「この童話を読んだことがあるのかい? ミクス嬢」

「……いや、覚えていないわ。でも、そう思ったの。どうしてなのかは、私もわからない」


 そこははっきりしなかったが、とりあえず、ドラゴンの育て方は詳しいバーレに任せる方がいいのではないかという話になった。

 ある程度しつけをして、初心者でも飼いやすいように成長したら、ミクスに返す————ということに。


「ところで、地図は見つかったんですか?」

「いやぁ……それが中々見つからなくて……数日かかりそうなんだ」

「数日……?」

「ミクス嬢に協力してもらったけれど、この量だからねぇ。それこそ、冥界鏡で父さんに場所を聞きたいくらいだよ」


 そこで、見つかるのが待つ間とくにやることがない俺は、翌日ドラゴンを連れてウェストリア中心街へ行くことになった。

 バーレの住んでいる屋敷に、ドラゴンを預けるためだ。

 ちなみに、レモントとウォリーがついてこないのは、俺より先に女装の魔法が解けて閉まったせいで、トニコに捕まったから。

 阿鼻叫喚がこだましていた村長の屋敷を背に、俺は魔法が解ける前に逃げるように外に出た。


「あらあら、あなたも男の子だったのね」

「すみません、事情はわかりますよね?」

「本当に、トニコには困ったものだわ。男を見つけるとすぐにああなっちゃって……」


 ————あんたもドラゴンに対しては同じようなものだけどな……


 移動中の馬車の中で、バーレはドラゴンについての豆知識をこれでもかというくらい披露する。

 俺も最初は知らないことばかりで感心していたが、流石に飽きてきた頃、昨日バーレがやった、ドラゴンの鑑定魔法の話になった。


「ドラゴンの鑑定魔法って、ドラゴンにしか使えないんですか?」

「ドラゴンの鑑定魔法? ドラゴン以外にもできるわよ。でも、親につながるものがないと出来ないのよ」

「親につながるもの……?」

「そう。ドラゴンの場合は、卵の殻ね。他の動物でも、何か残っていれば鑑定できるわ。例えば、人間も……」

「人間も……?」

「ええ。人間の場合は、へその緒があればできるわよ」

「へぇ……」


 昔、生まれたばかりの子供が村長の家の前に捨てられていたことがあって、鑑定魔法で親の名前がわかって、父親の元に無事に返すことができたそうだ。

 どうやら姑からの嫁いびりに耐えかねず、母親が生まれたばかりの子供を連れて家出したらしく……飛び出したものの一人では育てていけずに、村長の家の前に捨てたらしい。


「あとは、ほら、夜の街」

「夜の街……?」

「どこの男の子供かわからない子を妊娠した時にね、責任を取らせるのによく娼婦たちが使っていたわ。男ってやつは本当に無責任な奴ばかりで……やるだけやってポイよ。でも、鑑定魔法で自分の子供だって証明されたら、もう逃れられない。まぁ、それを利用して慰謝料をふんだくるなんて話もあったけどね。女っていうのは、恐ろしい生き物だってことを、もっとこの世の男たちは知るべきね。特に魔法使いの女は怖いわよ。最終的には絶対に呪い殺すから」

「そ……そうですか」

「私も、もし夫がどこぞの女と子供でも作ったら……あぁ、考えただけでも腹がたつわ……きっと、そうなったら絶対に殺す」


 その時の表情が、なんだかシルバーナ公爵夫人に似ている気がして、俺は少し背筋が凍った。

 魔法使いの女に限らず、女は怖い。


「ところで、リヴァンくんは、ミクスちゃんとどういう関係?」

「え……?」

「一緒に旅をしているんでしょう? 私が見たところ、二人はなんというか……熟年の夫婦のような感じがしたんだけど」

「ただの幼馴染ですよ。変な誤解しないでください」

「そう……? あんなに可愛らしいのに」


 そうこうしている間に、馬車はウェストリアの領主・ヴィジョン公爵家に到着。

 ストレガ村の村長宅とは比べものにならないほど、大きな家だった。

 これでは、家というよりもはや城だ。


「シャァアアアア」

「グルウゥゥゥゥ」

「ヒャァァァァ」


 鉄格子で囲われた広い庭には、様々なドラゴンが走り回っている。

 そのドラゴンたちに囲まれて、楽しそうに笑っていたのが、バーレの夫である公爵家の次男————アフロ・ヴィジョン。


 身なりは立派だが、どこかで、見覚えがあるような真っ黒いチリチリ頭の男だった。




【第4章 魔法使いの村 了】

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