第37話 冥界鏡



「……ジェーン? え? 私が?」

「ああ、寝言でそう言っていた」


 数時間後、再び目を覚ましたミクスに俺はジェーンとは誰か訪ねた。

 しかし、ミクスは首を傾げている。


「ジェーン? シェーンとか、ジエンじゃなく?」

「ああ、俺にはそう聞こえた」

「うーん、シェーンとジエンなら魔法学校で授業が同じだったことはあるけど……聞き間違いじゃない?」

「そうか……?」

「でも、変ね。なんで夢に出てきたのかしら? そんなに特別仲がいいとか、話したことがあるわけでもないのに」


 確かに聞き間違いの可能性はある。

 しかし、夢の中で名前を呼んでまで引き止めるほどの関係でもないなら、やっぱり、前世の記憶ではないのかと俺は思った。


「どんな夢だったか、覚えているか?」

「えーと、確か女の子が……黒い服を着た男の人だったと思うんだけど……顔は覚えてないけど、私はその子を取り上げられて……動けなくて…………」

「連れて行かれた……とか?」

「うん、そんな感じ。あとは、どこかの川か海……とにかく水辺に私の体が沈んで行った。もがいて、苦しんで、真っ暗になって……そこで目が覚めたわ。シェーンもジエンも出てこなかったと思うけど」

「そうか……」


 やっぱり、ミクスの見た夢は断片的だ。

 まぁ、寝ている時に見る夢は、つじつまが合わなかったり、突然場面が変わったりするものだから、普通といえば普通のことなのだが……


「どんな夢を見ているか覗ける魔法でもあれば、共有できるんでしょうけど……心の中を覗かれているようで、あったらあったで嫌ね」

「夢を? そういう魔法があるのか?」

「私が知っている中にはないわ。でも、大魔法使いミラージュの手記には、そういう魔法を研究していた記述が残っていたわ。ミラージュは帝国建国時の立役者として有名ではあるけど、それ以降は色々な魔法の開発者でもあるのよ」


 魔法使いや魔法については、俺よりミクスの方が知識も魔力も上だ。

 魔族の血が流れているから、普通の人間の魔女とは魔力の量も段違いだし、何よりミクスには魔法使いの才能があった。

 フローズはそれを見越して、ミクスを自分の弟子にして育てたのだろう。

 いつだったか、自慢げに「ミクスは必ず、世界一の魔法使いになる」と言っていたのを思い出した。


「私もいつか、ミラージュのように新しい魔法を開発するのが夢なの。もちろん、魔王と皇帝をあんたが倒した後だけどね。きっと、その時はこのクソみたいな世界も、平和が訪れているでしょう? 私は今みたいに誰かを傷つけるための魔法じゃなくて、誰かを幸せにする魔法を作りたい」

「そうだな。きっと、全部終わったら、お前の魔法が必要になる時代が来るよ……」


 純粋に魔法というものが好きなミクスにとって、今のこの情勢はいいものとはいえない。

 魔王軍と戦争をしている今、帝国軍もそうだが、各地の魔法使いたちは魔王軍を倒すための魔法を新しく研究し、開発しようとしている。

 ノストリアも例外ではない。

 魔法学校の生徒の課題にまで、盛り込まれるくらい深刻な問題だとミクスは嘆いていた。


「————それより、ジェーンって誰?」

「え?」

「あんたの言うジェーンって誰なのかなって……私の寝言がそう聞こえたってことは、知り合いにいるの?」

「あ、ああ。俺の祖母の話を前にしたことがあっただろう?」

「皇族だった人でしょう? 確か、今の皇帝のお姉さん」

「そうだ。その祖母の書いた日記に出て来るんだ。皇帝がまだ皇太子だった頃に生まれた長女の名前がジェーンだ。2000年の戦争が起きた時、行方不明になってる」


 俺とミザリの髪色を混ぜたよな、ピンクゴールドの珍しい髪色をしていたジェーン。

 ちょうど『異色狩り』が横行していた時期と行方不明になった時期が重なっている。

 ひょっとしたら、ジェーンの行方が分からないのはその『異色狩り』にあったかもしれない。


「日記によれば、今の皇帝は別人の可能性が高い。当時の皇后はもう亡くなっているけど、もし、そのジェーンが生きていたら、それを証明できるんじゃないかって……そう思っていたんだ」

「なるほどね。それなら、冥界鏡を見つけたら聞いてみるといいわ」

「……冥界鏡を? どういうことだ?」

「冥界鏡は、死者と対話できる魔法の鏡よ? 対話したい相手が生きているなら、鏡の中にその人は現れないの」


 大魔法使いミラージュが作った四つ鏡。

 真実を映し出す写実鏡。

 現在を映し出す現世鏡。

 未来を予言する天啓てんけい鏡。

 過去を知ることができる冥界鏡。


 俺はミクスからこの話を聞くまで、冥界鏡に映るのは過去の様子が映し出されるのだと思っていたが、違った。

 死者との対話により、過去の出来事を知ることができるものだった。


「まぁ、その死者の魂がすでに転生していたら、呼び出すことができないけどね」




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