第4章 魔法使いの村

第33話 噂


 ◆◇◇



「————このバカ!」

「な……っ」

「あんたなんて大っ嫌い!!」


 妻のミザリとは、姉上の結婚式で出会った。

 ミザリは魔女の村として有名なストレガ村で代々続く銀細工の娘で、俺の祖父がその工房で作られている商品を気に入り、皇室で使う様々なものをここに発注していた。

 姉上の結婚式で使った食器や装飾品も、すべてその工房で作られたもので、ミザリは父親と一緒に式に参列。


 俺は彼女に一目惚れしてしまって、結婚式の主役である姉上よりもミザリばかりを目で追うようになっていた。

 夕陽のようなオレンジ色の大きな瞳が印象的で、凛とした美しさを持っていて……

 その美しさとは裏腹に、手にはいくつもやけどの跡がある。

 職人なのだから、このくらい当たり前だとミザリは笑っていたのを今でも鮮明に覚えている。


 離宮に戻ってからも、ミザリのことは頭から離れられず、想いは募る一方で、耐えきれず俺は18歳になって父上から許可をもらってすぐにミザリに会いに行った。

 工房で職人として真剣な眼差しで作業に没頭しているミザリの姿は、やはり美しくて……

 彼女の仕事が終わるのを待って、声をかけようとしたが夕方になっても終わる気配がない。

 俺は我慢できずに告白してしまった。

 すると彼女は、俺の頬を思い切り叩いたのだ。


「大っ嫌い!? え!? なんで!?」

「完成までもう少しだったのに、なんてことしてくれたのよ!! また作り直しじゃない!!」


 当時はなぜ、怒っているのかさっぱりわからなかったが、後から聞けば動揺したせいで手元が狂ったらしい。

 もう少しで完成するところだった品評会に提出する予定の作品が、俺の告白が台無しにしたのだ。


 こっぴどくフラれたとショックを受けた俺は、逃げるようにストレガ村を後にしたが、その後、作品を完成させることができたミザリは、叩いたことを謝りに来た。

 俺がその品評会の審査員の一人だった……という理由もあるかもしれないが、そこから一気にミザリとの距離は縮まって、トントン拍子で結婚が決まる。


 そして、長女のジェーンが生まれ、二人目の子供が生まれるはずだった矢先、俺は親友だと思っていたクロに殺され、姉の日記によれば流産し、ミザリも死んでしまった。

 ジェーンの行方もわからない。


 ◇◆◇



「————は? ミザリ……?」

「あ、いや、すまん。ミクス……だよな」


 もう一度殴られて、そこでミクスの被っていたローブが風に煽られてめくれる。

 相変わらずの銀髪は、夕陽を反射してオレンジ色に輝いていた。


「誰だ、この超絶可愛い女の子は!?」


 ウォリーはいつでも攻撃できるように戦闘態勢をつくり、レモントはミクスを頭からつま先まで舐め回すように見る。


「————乳の大きさはそれほどでもないが、顔は可愛いな!!」

「……リヴァン、こいつも殴っていいかしら?」

「ああ、殴れ」

「えっ!? ちょっと、待って……!! わたしが一体なにをしたっていうんだ!?」


 ミクスは魔法の杖でレモントをぶん殴ると、俺の方に向き直りながらフードを被り直す。


「まったく、この私を置いて、いったいどんな奴と魔王討伐になんて行ったのかと思えば……こんな変態だなんて」

「おい、リヴァン!! 誰なんだよ、説明しろよ! 戦っていいのか!? ダメなのか!?」

「戦うな。俺の幼馴染だ。そして、見ての通り魔法使いだ」


 それも、俺が知っているどの魔法使いより強い。


「ただの魔法使いじゃないわ。世界で一番強い魔法使いよ」

「世界で一番は言い過ぎだろう」

「そうかしら? 間違ってないと思うけど……」

「そんなことより、どうしてお前がここにいる? 魔法学校はどうした? 勝手に抜けて来たのか? シルバーナ公爵にはちゃんと話したのか?」

「そのシルバーナ公爵の依頼でここに来たのよ。ついでにあんたの様子を見て来なさいって」

「え……?」


 ミクスの話によれば、イストリアで起こった悲劇を知ったシルバーナ公爵は、テントリアから軍勢を送ってほしいと要望があった際、俺がテントリアにいることを知った。

 そこで俺の様子を見てくるようにミクスに頼んだそうだ。


「それと、ノストリアで噂になってる話があってね……その真意を探るために必要なものがあって」

「噂……?」

「ノストリアで独自に魔王軍との戦いの歴史を研究している機関があるのは知っているでしょう?」

「ああ、確か歴史学者のヒスト博士の研究チームだろう」

「その研究チームが、前宰相ガイルの金の動きがおかしいと言い出したの。魔族との衝突が起きるたびに、ガイルに莫大な金が流れているって……」

「は……?」


 クロとガイルがイストリアを捨てたのは知っている。

 その理由を、俺は、クロが偽物である証拠を消すためだとばかり思っていた。

 だが、俺も聞いたことがある。

 戦争は金儲けの手段になると。



「————その真意を確かめるために、冥界鏡が必要なの。魔王軍が居座っているイストリアのどこかに、それがあるって」


 ミクスは、その冥界鏡を手に入れるために、魔王討伐について行くように命じられ、ここへ来た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る