第32話 再会


 皇暦2035年初夏。

 帝都テントリアに、ノストリア軍から兵士、騎士、魔法使いなど合計約2000人の有能な人材が到着する。

 偽物の勇者による悲劇は、テントリアに設置されていた魔族や魔物から市民を守る結界の老朽化が起きたことだと判明し、それまでのずさんな管理体制が明らかになった。

 全ての責任はテントリアの高官たちにある……という風潮に……


 ノストリアの人々は、テントリアとは違い古くから優秀な人材の教育に力を入れて来た街なだけあって、真面目な軍人気質の人間が多い。

 権力と実力があっていない兵士や魔法使いたちは一掃されて、ノストリア式の軍に生まれ変わるための準備が着実に進んでいった。


 その道のプロが来たことで、俺は彼らに全てを引き継いだ。


「————いやぁ、さすがリヴァンくんだ。弱った結界の応急処置だけでなく、テントリア内部に潜んでいた魔物の排除まで……素晴らしい」

「いえいえ、学んだことを活かしただけですよ。それでは、あとは頼みますね、タリー将軍」

「もちろうんだ」


 タリー将軍は、俺が世話になったシルバーナ公爵の親戚に当たる人だ。

 俺がノストリアにいた時、特別講師として何度か士官学校で講義をしてくれたこともあり、何より信頼できるのが父上————前皇帝が信頼を置いていたかつての宰相ストロ・タリーの甥でもあるというとろだろう。


「こちらも魔王討伐が可能なほどの軍備を整えるのに少々時間がかかる。準備が出来次第一方を入れるが……本当に、夜になる前に旅立つのかい?」

「ええ。ウェストリアに行って、魔法使いを仲間にする予定です。魔王討伐には、やはりどうしても魔法使いは必要ですから」


 ————また夜になったら、イグが来て面倒だからな


「はは、君くらい優秀なら、仲間なんていなくても一人で魔王ぐらい倒せてしまいそうだが」

「……そう上手くはいきませんよ。それに、慢心は身を滅ぼすことになると、教えてくださったのはタリー将軍でしょう」


 雑談を交わし、荷物をまとめ、城の人々にしばし別れの挨拶をして回った。

 最後にクロと、そして、目を晴らして泣いているイグ。


「本当に、行かれるのですね……勇者様」

「はい。また必ず、戻って来ます。泣かないでください、皇女殿下」

「はい……」


 イグは無理やり笑顔を作ってはいたが、俺のローブの端を掴んだまま離そうとしなかった。


「リヴァン、最後なんだから別れのキスくらいしろよ!」

「そうだぞ! 男だろう!」


 ニヤニヤと笑いながら、レモントとウォリーがそう言った。

 まったく、こいつらは余計なことばかり言う。


「陛下の前で何を言っているんだ。申し訳ございません、陛下」

「なに、構わないさ。婚約者なのだから……ただし、娘を泣かすようなことがあれば————わかっているね?」

「ええ、もちろんです」


 本当はものすごく嫌だったが、仕方がなく俺はひざまづき、イグの手を取り、傷の一つもない手の甲に口づけをした。


「必ず、戻ってまいります。その時は、この薬指にぴったりの指輪を用意して来ます。どうか、それまでお元気で」

「はい……————!!」


 それをプロポーズだと受け取ったのだろう、イグは嬉しそうに頬を赤らめていたし、その様子を見ていた他のメイドや従者たちからも歓声が上がる。

 城を背に夕日に向かって歩き出すと、街の人々が見送ってくれていた。


「————いやぁ、なんだか魔王を討伐した後のようじゃないか?」

「すごいなぁ、リヴァンは。本当に勇者様って感じだ。さすが、オレの代わりに聖剣を抜いただけある」


 レモントとウォリーは街の中を歩きながら上機嫌だった。

 これから魔法使いを仲間に入れて、準備が整ったら魔王討伐に行くという緊張感みたいなものはまったくもっていないようだ。


「何日後になるか、なん年後になるかもわからないけど……魔王討伐して凱旋したら、きっともっともっとすごいことになるんだろうなぁ。魔王討伐の勇者一行の僧侶なんて、きっと女の子たちからモテモテになること間違いない!!」

「レモント、お前は本当に……それ以外に考えることはないのか?」

「それ以外、なんの楽しみがあると思っているんだ!! 男っていうのはなぁ、原動力はいつだってモテるかどかなんだよ! リヴァン」

「オレは女神様一筋だぞ? どんなに他の女にモテようが、オレはお前と違って一途だからな、レモント」

「お前には聞いていないよ、ウォリー」


 三人であーだこうだ話しながら、気づけばテントリアの西の門。

 敬礼する門番たちに軽く会釈して、テントリアから一歩外へ。


 西へ続くその道の先に、夕日を背にして誰かが立っているのが見えた。

 暗い色の長いローブを着て、フードを被っている。

 手には身長より大きな魔法の杖。


 ————魔法使い?


 逆光で、顔がよく見えなかった。

 けれど、そのシルエットには見覚えがあって————


「ん? 魔法使い? リヴァン、あそこにいるのは魔法使いじゃないか? 大きな杖だなぁ……女の子か?」


 レモントがその姿を見て、不思議そうな顔をしている。

 まるで、待ち構えていたかのように、道の真ん中に立って、その魔法使いは俺たちの行く手を阻んだ。


「…………」


 魔法使いは、無言のままこちらに近づいてきて、立ち止まると右手を大きく振り上げ、俺の頬をおもいきり叩いた。


「やっと見つけた。この、バカ!!」

「……————ミザリ……?」


 それは聞き慣れたミクスの声だったのに、なぜか俺の口はミザリの名を紡いだ。

 夕日と頬の痛みが、あの日、ミザリにこっぴどくフラれた時と、あまりにも酷似していたせいで————




【第3章 再会 了】


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