第35話 新しい仲間


 テントリアを出て、数時間。

 すっかり日が沈んでしまい、さらに最悪なことにあれだけ晴れていた空には雲がかかる。

 ポツリポツリと雨が降り始めていた。


「この様子じゃぁ、かなり降りそうだね……宿屋にたどり着くのは難しいかもしれない」


 レモントの助言で、宿屋がある村ではなく一つ手前にある廃鉱山に入る。

 今は使われていないが、テントリアの西側にあるこの山はかつて鉱石が取れる有名な山だ。

 その当時使われていた二階建ての小屋がある。

 古くて立て付けは悪いが、雨風をしのぐには十分だった。


「そういえば、テントリアに入る前に言ってたよな? 山の中に貴族たちが飼ってた魔物が捨てられて、野生化してるって……」


 ミクスは一階、レモンとは二階の様子を確認するためランプに明かりを灯している間、ウォリーがそのことを思い出した。

 道が土砂でふさがれて、迂回することになってしまった時に聞いた話だ。


「でも、それはもう少し奥の方だろう、きっと。ここはまだ人里に近いし……」


 それに例え魔物が現れたとしても、今は足手まといになるイグはいない。

 むしろミクスがいることで、戦闘力は明らかに上がっている。


「何の心配もいらないだろう。貴族が飼っていたってことは、小さい魔物だ。野生化しているなら、集団で動いている可能性もあるが……そうなると、餌になる動物がいないこんな人の手が入った場所には来ないだろ」


 魔物だけじゃない。

 普通の動物の食料になりそうな実のなる木すらはここにはない。

 この小屋の他にも、いくつか近くに建物があるし、周辺に生えていた木を切って使ったのだろう。

 今は夏だから必要がないが、この小屋には暖炉もある。

 薪にも気を使っているだろうし……


「とりあえず、今日はここで過ごすとして……————」

「ひやぁああああっ!!!」


 突然、二階からレモントの悲鳴が聞こえてきた。


「何だ!? どうした!?」


 慌てて全員で階段を駆け上ると、まだ明かりの灯っていない部屋でレモントがうつ伏せで倒れている。

 両足は廊下に出ていたが、腰から上は部屋の中に入っていた。


「グルルルルルルルル」


 そして、明らかにレモントの声ではない、何か動物の声がその部屋から聞こえてくる。


 ————まさか、魔物か!?


 相手の姿が見えないため、緊張感が走る。

 ウォリーが戦闘態勢に入った。

 暗闇の中で、赤く光る大きな目が一つ。


 ————片目だけでこの大きさということは、相当な大物か!?


「ミクス、明かりを……!」

「わかってる……!! 光あれスィアラルーチェ!」


 ミクスが放った光によって、真っ暗だった部屋の中が明るく照らされる。

 大きな赤い目を持つ魔物の全容があらわになった。

 レモントの頭の上に、大きな一つ目の赤いドラゴンが乗っかっている。


「……え? ちっさ!!」


 大きのはその目だけで、体は子犬や子猫と変わらない。

 大きな目と目があって、レモントは俺たちと同じように大きな魔物と遭遇してしまったと思い、とっさに死んだふりをしていただけだった。




 *



「グルルルルルルルル」


 お腹をすかせているのか、ドラゴンは唸りながらミクスの指を噛んでいたが、このドラゴンはまだ子供のようで、歯が生えそろっていない。

 痛くはないが、「このままだと指がふやけそう」とミクスは言った。

 ドラゴンはミクスに懐いてしまっているようで、別に害はなさそうだし、この大雨だ。

 外に追い出すわけにもいかず、一夜を共にすることにした。


「でも、子供のドラゴンってことは、近くに母親がいるんじゃない? 寝ている間に襲ってきたりしないか?」


 レモントはそれを心配していた。

 赤いドラゴンが口から火を吐き、町を焼き払った————なんて事例が過去にいくつか残っている。


「野生化した魔物って、まさかこのドラゴンの親だったりしないよね?」

「確かに、ペット用に改良されたドラゴンなら貴族の間で昔流行っていた時期があったが……一つ目のドラゴンなんて、初めて見る」

「昔流行った……? え、それっていつの時代?」

「俺が15の頃……」

「え、リヴァン、今15歳じゃなかった? わたしより年下だよね?」

「あ……」


 ————しまった。これは前世の方の記憶だ。


 うっかり口を滑らせてしまったせいで、レモントが俺を不思議そうな目で見ている。

 つい自分が今15歳であることを忘れてしまっていた。


「ああ、その……俺じゃなくて、俺の父が子供の頃だ。人間が飼いやすいように、あまり大きくならないように品種改良されているんだよ。ウェストリア産の赤いドラゴンは大きくなると馬や牛より大きいサイズになってしまうけど、ペット用なのは大きくなったとしても大型犬くらいだ。あと、イストリア産の青いドラゴンっていうのもいるんだが……あっちはとにかく体が大きくてペット用に改良できなくて流行らなかった」


 流行りだしたのは前世の俺が15の時で、ミザリの実家でも飼われていた。

 銀細工に使うのにちょうどいい熱量の炎をドラゴンが出してくれると言っていたのを思い出した。


「それにしては、ずいぶん詳しいね……」

「ああ、リヴァンって昔からそうなのよ。昔のことにすごく詳しいの。だからたまに話していると、中身はおじいさんなんじゃないかって思うことがよくあるわ。村の大人の話を聞くのが好きだったからだろうけど……」

「なるほど、そういうことか! 15歳にしては妙に落ち着いているなぁと思ったんだけど……納得がいったよ。ミクスは幼馴染だって聞いたけど、いつから一緒にいるんだい?」

「そうね、7、8年くらい前かしら?」


 ミクスとレモントの会話を聞きながら、俺は昔のことをまた少し思い出した。

 ミザリの実家から、ジェーンへの誕生日プレゼントとしてグリブ村の離宮へ贈られたドラゴンの卵。

 ちょうど二人目の出産時期とかえる時期が同じくらいになりそうだと言われていて、ジェーンは一気に二人も弟か妹ができると喜んでいた。

 一緒に育てる約束だったあのドラゴンは、ちゃんと孵化したのだろうか……

 姉上の日記には、ドラゴンのことは書かれていなかったな。


「グルルルルルル……」

「……とにかく、何か食べ物をあげたほうがいいわね。ドラゴンって、何を食べるの?」

「普通に肉とかだな。丸呑みするだろうから、一応小さく切ってやるか」


 非常食用の干し肉を小さく切っていくつか与えると、ドラゴンは満足したのか眠ってしまった。


「可愛い……この子、一緒に連れて行ってもいいかしら? ドラゴンが出す炎でポーションの材料を煮詰めると、魔力が倍増するらしいのよね。脱皮した皮も、素材に使えるし」


 ミクスはその様子がとても気に入ったようで、目をキラキラと輝かせている。


「ドラゴンの餌代も、俺に払わせる気か……?」

「失礼ね。ちゃんと魔法使いとして仕事するんだからそれくらいいいじゃない」


 こうして、もう1匹新しい仲間が加わった。

 まさか、このドラゴンが後々厄介ごとを巻き起こす種になるとは、この時誰も思っていなかったが————






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