第20話 足音


「髪の色で判断するのはダメだよ。人間の子供でも、銀髪の子供はいるし、混血の可能性だってある」

「それぐらい、わかってる。でも……!!」


 実際に混血であるミクスと長い間一緒に過ごして来た俺は、この少年は直感的に違うと思った。

 どこが違うのかと言われても、言葉では表現することが難しい。


「君、名前は?」

「トロイ……」

「そうか、トロイくん、お父さんとお母さんはどこにいるのかな?」


 レモントはカウンターの横からドアの前に近寄り、膝を曲げて、笑顔でトロイと名乗った少年と視線を合わせながら問いかける。

 トロイは顔だけ出したまま、少しおびえながら懸命に言葉を探しているという感じだった。


「えと……えと……今はいないです。でも、勇者様が来たら、泊めてあげなさいって、言われています」

「いない? そうなんだ。じゃぁ、村の他の人はどうしているか知ってる?」

「他の人……?」

「うん、今この村を歩いて来たんだけどね、誰もいないみたいなんだ。どうして、誰もいないのか、知っているかい?」

「……それは、知らないです。でも、みんな多分、お家にいるんだと思います」

「どうして?」

「この村に魔族が、来てるんだって。みんな、すっごく怖がって、外に出なくなったんです」

「魔族……?」

「それで、物流ぶつりゅーっていうのが止まっちゃって、お父さんとおじいちゃんがノストリアに買い出しに行ってるんです」


 トロイの話によれば、魔族がこの村に来ているという噂が流れたのが10日前。

 相次いで村の子供達、そして、老人が謎の皮膚病にかかり死んだことがきっかけらしい。

 人から人へ感染する死の魔法をかけられたとか、村の井戸水に毒が仕込まれているだとか————ファスト村は魔族と戦う武器の製造で有名な村であることから、魔族に狙われたのではないかと商人達の間で噂になり、物流はストップ。

 今、ノストリアの軍に詳細を調べてもらうよう要請している最中だそうだ。


 この宿は村長であるトロイの祖父が経営しているらしく、勇者協会に加入している宿はこの村に一つしかないため、休むこともできずに営業している。

 それに、もし勇者が泊まりに来たら、魔族を倒してもらえるかもしれないからと、トロイは一人店番を頼まれていた。


「————えと……部屋は、ここを使ってください」


 案内されたのは、2階の一番奥の部屋だった。

 中を確認すると、ベッドが二つ。

 入り口のすぐ横のドアを開けると、トイレとシャワーは一緒になっていている。

 食事は本来なら下の階の食堂で食べられるとのことだが、その食事も今は大したものが出せないかもしれないと、トロイが何度も申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。

 物流が止まっているのだから、仕方がないことだが……


「やっぱり、なんか不気味じゃないか? この村もこの宿も……」

「そうか? わたしは別に何も思わないけど……ベッドはフカフカだし、シャワーのお湯もちゃんと出るんだろ?」


 他の部屋にも何人か勇者やその仲間達が泊まっているそうだが、とても静かで、物音の一つもしない。

 結構古い作りの宿屋だし、歩けば床が軋む音が隣の部屋なり、上の部屋から聞こえるものだと思うのだが、全くもって無音。

 ドアの開閉音とか、話し声も聞こえない。


「わたしが先に入っていいかな? やっぱり、男はなんだかんだ言っても清潔なのがモテるからさ!」

「誰もいなのに、誰にモテようとしているんだよ」

「何言ってるんだ、今日は確かに誰もいないけど、運命の人といつ出会うかわからないだろう!? もしかしたら、この宿の他の客に乳のでかい女がいるかもしれない!! 夕食の時に顔を合わせるかもしれない!! 人生っていうのは、何が起こるかわからないものなんだから!!」


 ————ああ、やっぱりこの男めんどくさい。


「わかった、わかった。勝手にしろ」

「へへへ! やったー!」


 レモントがシャワーを浴びている間、俺は外の様子が気になって窓から外を眺めた。

 やっぱり、人一人歩いていない。

 鳥も飛んでいない。

 ノストリアでは夕方になると黒い鳥が空を飛んでいることが多かったが、この村は森一つ分しか距離が離れていないのに、こうも違うもなのだろうかと不思議に思った。


 ————ん?


 その時、階段を登ってくる足音が聞こえた。

 足音は段々とこちらに近づいて来て、ドアの前で止まった。

 ドアの下に少しだけ空いている隙間から、靴の先が見える。


「……なんだ? トロイか?」

『…………』


 ノックの音も、話しかけられるでもなく、ただ、靴の先だけが見えた。

 こちらから声をかけたが、ドアの向こうの誰かは、何も話さない。


「は……?」


 しかし、俺がドアに近づいたその瞬間、光った。

 何かの魔法をかけられたのだと悟った時には、もう遅い。

 ドアノブをひねっても、叩いても、押しても、引いても、ピクリとも動かない。

 閉じ込められた。


「おい、なんだ……!? なんでこんなこと!!」


 開かないなら窓から出るしかないと、反対側にある窓の方を見ると、ついさっきまでなかった鉄格子が窓の前に。


「これは……!!」


 監禁魔法。

 部屋全体を檻にする、魔族が獲物を捉えるときに使う魔法だ。

 俺たちは、閉じ込められた。


『————やった。これで、十三人目だ!!』


 ドアの外から聞こえたのは、トロイではなく、甲高い女の声だった。


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