第24話 迫る影


 まったくなんの苦労もせず、聖剣サークロを手にできた俺は、村人たちから盛大に祝われた。


「いやぁ、よかった! これでやっと工事ができるぜ!」

「やった! 勇者様バンザーイ!!!」


 まだ村に来て1時間くらいしか経っていないというのに、この村の人間はせっかちなのか、動きがとても早い。

 あっという間にどこかから大きなテーブルを各家から外へ運んで来て宴会場を設置し、大量の酒と、丸焼きにした鶏肉が次々に運ばれてくる。


「さぁ、食え食え!! 祝いだ!!」

「鳥の胸肉は筋肉をつけるのに最適だからな!! たくさん食べで、そして一緒に体を鍛えようじゃないか!!」

「この村の伝統舞踊を教えてやろう!!」

「上腕二頭筋と大腿四頭筋を鍛えるのに効果覿面だぜ!?」


 男も女も、老人も子供も、さすが戦士の村。

 皆、鍛え抜かれたいい体をしている。

 そして、やたらと明るい。

 距離が近い。

 声がでかい。


「ほらほら、僧侶さんもどうぞ!」

「あ、ありがとうございます……!! げへへへへ」


 レモントも村の娘たちに囲まれていた。

 バキバキに割れた腹筋を見せつけるような、面積の少ない服を着ている女たちの谷間を見つめながら、鼻の下を伸ばしっぱなしだ。

 本当に、この僧侶は女に目がなさすぎて呆れてしまう……


「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない」


 そんな中、ボソボソと一人で同じ言葉を繰り返しながら、宴席の隅でウォリーはずっと自分の親指を噛んでいた。

 体育座りで小さく丸まって、俺をにらみつけている。

 あいつの周りだけどんよりとした空気が漂っていた。


「村長、ウォリーはどうしたんだ? なぜあんなに落ち込んでいるんだ?」


 その様子があまりに異常に感じた俺は、村長にその理由を尋ねる。

 しかし、村長は「あいつは、自分こそが聖剣を手に入れると思い込んでいたから悔しいのでしょう」と言った。

 ウォリーは物心ついた頃から、あの聖剣を引き抜く日を夢見て、努力を重ねていたし、いきなりやってきた俺に簡単に引き抜かれたのだから、確かに悔しいのはわかるが……


「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない」


 ものすごく執着しているようで、俺はあいつの視線が気になって気になって仕方がなかった。


「————ところで、この聖剣に鞘はないんですか? いくら2000年以上前の伝説の剣とはいえ、腰に刺すにしても、背負うにしても持ち運びに困るし……」

「あー……あるにはあります。でも、この村にはないんですよ」

「え……?」

「聖剣は動かないから持ち帰ることは不可能だったんですがね……鞘の方は村の神殿に飾ってあったのですよ。3年前まで」


 村長の話によれば、鞘には癒しの効果がある魔法石が埋め込まれていたらしい。

 その魔法石を狙った盗賊にこれまで何度か泥棒に入られていたが戦士たちが阻止してきた。

 ところがついに3年前、神殿に入られ盗まれてしまった。


「盗賊たちの犯行を目撃していた者の証言によれば、ウェストリア地方の人間の可能性が高いんです。逃げる際に声を話し声を聞いたのですがね、言葉がウェストリア訛りだったようで」


 その目撃者の証言が正しければ、鞘はウェストリアのどこかにあるのではないかという話だ。

 村長が別の剣のサイズがちょうど合いそうなものを用意してくれたのだが、どうも剣と鞘にも相性があるらしい。

 聖剣サークロは鞘が気に入らないようで、収めても数分後にはいつの間にか鞘は黒焦げになって、ボロボロに崩れ落ちてしまう。

 どうしようもなくて、水で湿らせた布を巻くしかなかった。

 乾きそうになったら、水で濡らして……と、何度か繰り返さないといけない。

 あまりに手間がかかるので、別の剣を探そうと思ったが、聖剣サークロは寝る前に部屋の端に置いていたのに、朝目覚めると俺のベットの上に移動していた。


「……まさかとは思ったが、この聖剣……生きてるのか?」

「いやいや、剣が生きてるなんて聞いたことないよ? 何言ってるのリヴァン」

「でも、おかしいだろう。俺は寝る前にあの壁に立てかけていたんだぞ? ベッドの対角線上だ。それが、朝になったら俺の真横にあるなんて、おかしいだろう」

「ええ? でも、そんなことってある?」

「あと、もう一つ……」


 俺は天窓に視線を送る。

 レモントも俺の視線の先を追うと、そこにあったものに驚いて素っ頓狂な悲鳴をあげた。



「ひぎゃあああああ!!! ななななななななに!? なんで!? いつからそこにいるの!?」


 ウォリーが、天窓に張り付いてこちらを見下ろしていた。

 血走った目を大きく見開いた、ものすごい形相で。


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