第39話 受け継いだもの


 屋敷の廊下を歩きながら聞いた話によれば、ニュート・ベネット村長には、5歳年上の姉がいる。

 彼女の作る惚れ薬は、強烈で、男を見つけるとすぐに薬の効果の実験をしたがるらしい。

 5年前に貴族の男と結婚し、一度家を出たものの、その薬のせいで義父、義兄、義弟が次々と使用人の女に手をつけてしまい、怒った彼らの妻たちに家を追い出され、実家に戻ってきた。


「作って欲しいって頼まれたから、作ったのに!って、姉さんは言ってるけどね……理不尽な話だけど、元旦那の事は今でも姉さんは愛しているんだよ。だけど、無理やり別れさせられて……心を病んでしまってね。家に引きこもって、毎日、新しいポーションの開発をしている」

「はぁ……」


 外に飾ってあるのは、そのポーション作りに使用した動物や魔物の残骸だそうだ。

 中には希少な素材のものも混ざっていて、欲しい人は自由に持って帰っていいようにしているらしい。

 魔法使いの村というだけあって、住人の大半は魔法使いだ。

 ありがたく頂戴していくらしい。


「姉さんは家に男がいると、試さずにはいられない衝動にかられてしまう。僕は子供の頃から実験させられてきたから、すっかり耐性がついてしまってね……効き目がまるでないからその対象にはならないんだけど……君たちは別だ。若いし、いつの間にか食べ物や飲み物に混入させられる可能性が高い。だから、こういう対応をさせてもらってる」


 ベネット村長の魔法で、俺たちは体も服装も全部女になってしまった。

 まぁ、当たり前だがミクスはそのままだ。

 髪色や顔つきは基本的にはオリジナルのままのようで、レモントもウォリーも、「姉です」と言われれば納得できるレベルだった。

 なぜか俺だけ、少女にされているのが納得いかなかったが……


「ああ、歩き方には気をつけてね。できるだけ内股で頼むよ。ここからは、姉さんがいつどこで見ているかわからないからね」


 言われた通りできるだけ内股を意識して歩く。

 股に何も付いていないなんて始めての体験に、俺は違和感があったがレモントは隙あらば自分の乳を自分でもんで興奮していて、非常に気持ち悪かった。


「冥界鏡の場所を示した地図か……うーん、どこにあったかなぁ?」


 案内された書斎で、ベネット村長は首をかしげる。

 前村長だった父から受け継いだというこの書斎の棚は、壁一面が本棚になっていて、収納しきれていないものは平積みにされている。

 この中から探し出すのは、至難の技のようにしか思えない。


「これだけの量だからね、父さんはよくを使っていたけど、あれは一度でも手に触れたことのあるものじゃないと使えないし……少し時間がかかるけど、を使おうか」

「それなら、私も手伝いますよ」


 ミクスも手伝って、大量の書類と本の中から地図を探し始めた。

 とにかく時間がかかるらしいので、俺たちはその間に教えてもらった鍛冶屋を訪ねることにする。


「なぁ、リヴァンちゃーん」

「気持ち悪い。なんだその呼び方」

「今はわたしたち女なんだから、それらしくしないと……うふっ」


 俺とウォリーは、あまりの気持ち悪さに鳥肌が立つ。


「ウォリー、コイツ置いていこう」

「そうだな、一緒にいたら吐きそうだ。何も食ってないから何も出ないけど……」

「ちょっと、冗談だって! 待ってくれよ二人とも!!」



 *



 ストレガ村の商店街には、魔法使いの村なだけあって、魔法使い用の道具がたくさん売られていた。

 その中には銀細工もある。

 ミザリの実家は、確かミザリの従兄弟が後を継ぐことになっていたはずだが、今はどうなっているのだろうか?


 村長から聞いた有名な鍛冶屋に聖剣を預けたあと、ふと思い立って俺はミザリの実家の銀細工工房を訪ねる。

 レモントとウォリーには、イグに贈る指輪を買うと嘘をついて……


「いらっしゃいませー」


 工房で作られたものの一部は、併設されている売店で売られている。

 俺が皇太子だった頃は、それ以外のほぼ全ての商品が皇室用に作られているものだった。

 店番をしていた少年は、12、3歳というところだろう。

 分厚い本を読みながらカウンターに座り、こちらをちらりと見て、すぐに視線をまた本に戻した。


「うわぁ……綺麗だなぁ」

「こんなの、オレみたことない」


 レモントとウォリーは、並んでいた銀細工が美しく、とても感動しているようだった。

 俺は見慣れていたから、特になにも思わなかったが……


 指輪が並んでいる棚を見つけて、適当な商品を探しているふりをしながら、俺は聞き耳をたてる。

 工房の方では、何やら言い争いをしているようだった。


「だから、こんな価格では作れないって言っているじゃない」

「そこをなんとか! もう皇室からの依頼も途絶えてるんだろう? いいじゃないか、それくらい……」

「それは……今はそうでも、また品評会で金賞を取れば————きっと」


 どうやら、価格のことでもめている。

 ダミ声の男に安い値段で作るよう言われて、女の方が困っているという感じだ。


「とにかく、これ以上は無理です! 嫌なら、おかえりください!」

「なんだよ、せっかく依頼を持ってきてやったのに!!」


 工房から男は追い出されて、唾を吐いて出て行く。

 そして、女は怒りながら売店の方へ。


「————まったく、なんて男かしら! うちをバカにして!」

「ママ、お客さん来てるんだから、静かに」

「あ、ああ、すみません。お客様、どうぞ、ゆっくりとご覧ください」


 こちらに気づいて、慌てて頭を下げたその女の髪は、前世の俺とミザリの髪色を混ぜたようなピンクゴールド。

 子供の年齢から考えて、おそらく三十代。

 さらに————



「……————ジェーン?」



 その顔は、ミザリによく似ていた。




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