皇帝殺しの勇者様

星来 香文子

プロローグ

プロローグ


 皇暦2037年8月14日。

 歴史上、最強と謳われていた魔王マドマⅢ世を討伐した若者たち————勇者リヴァンの一行は、帝都テントリアへ凱旋。

 世界中から集まった大勢の民衆から拍手と称賛を浴び、雲ひとつない青空の下、皇帝ミラルクが待つ城を目指す。


「勇者様! よくご無事でお戻りくださいました」

「イグ皇女殿下……」


 リヴァンは門の前で待っていた婚約者である第四皇女イグと熱い抱擁を交わす。


「おいおい、気持ちはわからないでもないが、早くしてくれ。皇帝陛下がお待ちだぞ、リヴァン」

「そうだそうだ! どうせこの祝典が終わったらずっと一緒にいるのだろう? 二人は夫婦になるのだから」


 共に魔王討伐を果たした僧侶レモントと戦士ウォリーに揶揄され、イグは顔を真っ赤にしながらリヴァンから離れる。

 皆が見ているこの状況に、恥ずかしくなったのだ。


「わかった。わかった。まったく、お前ら婚約者のいる俺が羨ましいのはわかるが、あまり揶揄からかうなよ。皇女殿下は俺だけじゃなくて、皆の心配をしてここまで出迎えてくれているのだから……そうでしょう? 皇女殿下」

「ええ。もちろんです。みなさん、よくご無事でお戻りになられました。この国の皇女として————いえ、それ以前に一人の人間として、感謝しています。あの忌まわしき魔族の王と討伐してくださり、本当に、ありがとうございます」


 この国一番の美女と呼び声高いイグに礼を言われ、レモントもウォリーも鼻の下を伸ばす。

 十六歳らしい幼さと、皇女らしく上品で大人びた気品溢れる凛とした美しさの両方を兼ね備えているイグ。

 勇者の婚約者でなければ、男なら皆、自分のものにしてみたいと思うほどのこの美しさはもはや罪だ。


「早く行こう。皇帝はこの上でしょう。誰であろうと、見下ろされているのは、性に合わない」


 勇者一行の紅一点、銀髪の魔法使いミクスは不機嫌そうにそう呟いて、リヴァンたちを急かした。

 城のテラスの上で、こちらを見下ろしている皇帝に睨みを効かせる。

 とても不敬な女だが、ミクスはそういう性格なのだ。


「ああ、そうだな……行こう」


 一行は歩みを進めた。

 城内に入り、敷かれた真っ赤な絨毯の先にある階段の上にいるミラルク皇帝の元へ。


「おお、勇者リヴァンよ……! よくぞ無事で戻った」


 皇帝は勇者一行を手厚く歓迎し、ゆっくりとした動作で両手を広げる。

 憎き魔王を倒し、晴れて可愛い末娘の婿となる勇者を抱擁した。


「勇者様万歳!!」

「うぉおおお!!」


 拍手と歓声が上がる。

 しかし、それはすぐに悲鳴へ変わる。

 皇帝の傍に立っていた皇妃が、その異変に気づいて声をあげたのだ。


「きゃあああああああああああああああああ!!」


 勇者は魔王を倒した聖剣を皇帝の背に突き刺し、ひねり、肉をえぐって引き抜いた。

 皇帝の背から噴き出した血が、真っ赤な絨毯と皇后の顔に赤黒いシミをつける。


「……リヴァン————……? 貴様……なにを……っ」


 老体ではその激痛に立っていられず、リヴァンにもたれかかりながら、ずるりと膝をつく皇帝。

 魔王を倒した勇者、可愛い末娘の婚約者————その若者は、すでに血に染まっている聖剣を、今度は見下した皇帝の左肩に突き立てる。


「うっ…………ぐ……」

「ずっと待っていたんだ。この時を……なぁ、


 四十ほど年下の若造に突然そう呼ばれ、皇帝は驚いたが、薄れゆく意識の中、理解した。


「……————ミラルク……?」


 リヴァンは皇帝の口がその名をつぶやくと、肩から聖剣を引き抜き、瞬時に皇帝の首をはねる。

 転げ落ちた皇帝の首は、第四皇女イグの足元に転がった。

 空のような青く美しい色の瞳が、同じ瞳の色をした末娘を捉え何か言いたげに少しだけ唇が少し動いた後、止まる。


「……お……お父様……? そんな————いやあああああああああああ」


 そして、血溜まりの中、勇者は空を見上げて、笑った。


「ふっ……フフフ……やった。ついに……はっは……ははは」


 その場にいた誰もが、その異様な光景が理解できずまるで時が止まったようにすら思えた。

 何が起こったか理解するのに、皆、時間がかかった。


 勇者が、皇帝を殺したのだ。

 それも、公衆の面前で……皇帝を殺して笑っている。


「と、取り押さえろ!!」


 皇子か近衛兵か……その場にいた誰かがそう叫んで、やっと勇者は拘束される。

 それでもなお、勇者は笑い続けていた。


「はははは……ははははははははは」





 皇帝殺しの勇者は、その日、地下牢に幽閉される。

 なぜ、勇者が皇帝を殺したか……————その理由を、勇者は誰にも言わなかった。


 そのまま時は過ぎ、二週間後、勇者に死刑の判決が下る。

 それから、三日後、リヴァンは断頭台へ。


「————最後に、何か言い残したことはあるか……?」


 リヴァンが幽閉されている間に、新しく皇帝となった故・ミラルク皇帝の息子が執行人を止めて、そう尋ねる。

 皇帝を殺した重罪人ではあるが、長らく魔族との戦争に苦しめられていた民を救った勇者に与えた、最後の慈悲だった。


「そうだなぁ……」


 皇帝殺しの勇者の最後を見届けようと、集まった多くの人々。

 その中にミクスを見つけ、リヴァンは笑う。


「来世でまた逢おう。ミザリ————」


 銀髪の魔法使いの頬から流れた涙の意味を知る者は、今はもう、どこにもいない。



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