第4話 青い棺と走馬灯
地下通路を照らす、青白く光る発光植物。
奥に行けば行くほど、その種類も増えて足元だけではなく壁にまで侵食していた。
壁に設置されていた燭台にミクスが手をかざすと、一斉に全てのロウソクに火が点く。
発光植物のぼんやりとした灯だけではよく見えなかった部屋の中央に一つ。
ポツンと青い棺が置かれている。
「ほら、青い棺でしょう。それ以外、別に何もない」
蜘蛛の巣と埃にまみれた、青い大きな棺。
蓋には白い十字架がデザインされた、大人一人分の立派な棺。
最後にここに花が供えられたのは、いつのことだったのだろうか————干からびて、真っ黒に枯れた植物だったものが、棺の周りに置かれてる。
俺はそれを掴もうとしたが、バラバラに崩れて、何も手に残らなかった。
棺の横に置いてあった石の表面についた埃を手で払えば、掘られた名前と日付が現れる。
【1974.8.14−1999.9.1 ミラルク・デュ=エイデン】
「ミラルク・デュ=エイデン————……?」
その名を口にした瞬間、俺の中でまるで走馬灯のように、前世の記憶が蘇った。
背中と腹に食い込んだ、冷たい痛み。
押し込まれた刃。
引き抜かれ、吹き出した真っ赤な血。
体から大量の血液が抜けていく。
歪む視界。
その先。
雲ひとつない晴天のような青い瞳。
俺の指を握る生まれたばかりの娘。
ジェーンの小さくて暖かな手。
小さなジェーンを抱く、愛する妻。
夕陽のような髪色。
愛しい、愛しい俺のミザリ。
無邪気に笑う彼女の笑顔。
あの中庭で、ステンドグラスを見上げた金色の髪と青い瞳の少年。
たった一人の親友————
クロ。
そうだ。
そうだ。
痛い。
痛い。
苦しい。
涙で歪んだ視界の果て。
最後に見たのは、俺を殺した男の顔。
返り血で頬を赤く染めた、俺の……
たった一人の親友。
全部、思い出した。
俺は……
俺は————
「————ちょ、ちょっと、何してるの!? 勝手に開けちゃダメよ!?」
棺の蓋を開けようと手をかけると、ミクスが止めに入る。
「勝手じゃない……この中にいるのは、俺だ」
「え……? 何言って————」
棺の蓋はとても重たくて、それでも、どうしても確かめたくて……
「……俺は…………俺が————ミラルク・デュ=エイデンだ」
俺が……
俺が……
この中にいる。
この棺の中にいる。
ミラルク・デュ=エイデン……
皇帝ナイザ・デュ=エイデンの第一皇子……
俺は、この帝国の皇太子ミラルク・デュ=エイデンだ。
思い出した。
思い出したんだ。
俺は殺された。
この離宮で、殺された。
たった一人の親友に……
幼い頃から、共に、ここで……この離宮で育った親友に————
◆◇◇
皇暦1984年、春。
当時の俺は何も知らない、子供だった。
体が弱かった俺は、十歳になる少し前から空気が綺麗なグリブ村にある離宮で過ごしていた。
皇太子としての教育を受けていた俺は、ある日、教育係のガイルに連れられ、イストリアのはずれにある村孤児院を訪れる。
ガイルは、まわりが大人ばかりで退屈していた俺の遊び相手を探すためだと言っていた。
「気に入った子供を連れ帰りましょう」
「わかった」
好きなおもちゃを一人だけ買っていいと、そういう話だ。
皇族や貴族たちにとって、孤児院にいる子供たちなんて金次第でどうとでもなる。
離宮で働いているメイドや使用人たちの多くが、こういう孤児院の出身であると聞いていた。
軋む扉を開けると、多くの子供が並んで座っている。
ところどころ破れて、汚れて、よれよれの臭い服を着て、傷だらけで……
みんな頬が痩けていて、子供らしいふっくらとした頬とは無縁のような、色艶のない肌とベトベトの髪を無造作に生やしている。
「ガイル……ここ、変な匂いがする……この中から探すの?」
臭い匂いに鼻をつまみながら尋ねると、ガイルは困ったように笑った。
「ミラルク様がお嫌でしたら、別の孤児院を当たりますが……どこも、似たようなものですよ」
「そうなの……?」
「体を洗って、綺麗な服を着せてやればいいだけです」
「そっか……わかった」
俺は鼻をつまんだまま、できるだけ息を止めながら孤児院の中をぐるりと見て回る。
肌の色が濃い者、片手がない者、目の見えない者、顔に大きな火傷のある者……色々な子供がいたが、その中に一人、俺とよく似た瞳の色の者を見つけた。
髪の色も汚れてくすんで入るが、洗えばおそらく俺と同じ金髪。
この国で、髪の色はその人物の特性を表している。
赤は火、青は水、緑は風————金は光。
一番多いのは黒髪だが、魔法を使えても突出したものがないため多くの場合、持って生まれる魔力は低い。
孤児院の中にいる子供たちのほとんどが、黒髪で、赤と緑が二人。
俺と同じ金色の者に、俺は興味を持った。
皇族や貴族以外で、金色の髪を持つ者に出会ったのは初めてのことだったからだ。
「君、名前は……?」
それが俺とクロの、初めての出会いだった。
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