第3話 銀髪の魔法使い
「は……? 何言って————銀髪は魔族の証だって、常識で……」
「だから、違うって言ってるでしょう? 一緒にしないで! 私は人間よ!!」
銀髪の少女は、魔族と間違われたことがよほど嫌だったのか、頬をぷくっと膨らませて、手にしていた木の枝のようなものを俺に向ける。
「それに、そこは私の特等席なの! どきなさいよ!」
「は!? 知るか、そんなこと!!」
なんだかとても理不尽なことを言われているような気がして、絶対にどくものかと思ってしまった。
我ながら、大人気ない話だ。
けれど、その刹那、少女の持っていた木の枝の先が、急に光って————
「どかないと、撃つわよ! 私、魔法使いだから!!」
とても強い魔力が、枝の先に集まっている。
魔法使いというのは、嘘ではないらしい。
あんなもの打ち込まれたら、ひとたまりもないだろう。
俺は確実に、死ぬ。
でも、その前にどうしても言わなければ————
「ちょ、ちょっと待て! わかった! どけるから…………だから、落ち着いて聞いてくれ」
「はぁ!? 何よ!?」
「後ろ……!!」
「後ろ……?」
少女の背後の茂みの中から、大きな灰色の————熊のような巨体の四足歩行の魔物の頭が見えていた。
ゆっくりと振り返った少女は、そのどう猛な魔物の姿を視界に捉え、腰を抜かしてしまう。
せっかく枝先に集まった魔力が、分散して消えてしまった。
————バカ!! あのまま放っていればよかったのに!!
俺は心の中で悪態をつきながら、腰に差していた短剣を手に取った。
この体では、まだこのサイズの剣しか扱えない。
だからこそ、仲間が必要だったのに……
「魔物から目を離すな! そのまま、後ろにゆっくり下がれ!!」
「で、でも……っ!!」
「魔法使いなんだろう!? しっかりしろ!!」
確かにこの少女は魔法使いなんだろう。
だけど、それ以前にまだ子供だ。
自分よりはるかに大きな魔物を前にして、臆せずにいられるわけがない。
「無理よ……こんなの……っ!!」
大きな口。
むき出しの牙から
獲物をじっと見つめる視線。
「ウグルルルルルルルル……」
喉を鳴らしたかと思うと、すぐに魔物が少女めがけて飛びかかる。
「くそっ!!」
間に合わない。
とっさの判断で、俺は短剣を投げた。
運良く魔物の目に突き刺さる。
「ひっ!」
一瞬怯んだ隙に、少女の腕を掴んで無理やり立たせると、一目散に温室だったであろう建物の方へ二人で必死に走った。
建てつけの悪い、くすんだガラスの扉。
なんとかそれを閉めて、扉の取っ手に近くに落ちていた太い枝を挟んで、
俺たちを追って来た魔物はガラスの扉に激突する。
何度も、何度も————
「どうする!? このままじゃ、すぐに破られるぞ!? お前、魔法使いだろう!? 何かいい魔法はないのか!?」
「そんなこと言われても……!! あんな大きな魔物と戦ったことなんてないわ!!」
これには流石の俺も焦った。
この生意気な少女は言葉が通じるだけましだが、あんなどう猛な魔物に襲われたら、一撃で死ぬし、死体を食い荒らされる。
唯一の武器だった短剣は投げてしまったし、俺が使える魔法は簡単なものだけだ。
今のこの小さな体では、攻撃魔法一発ですぐに魔力が尽きることくらい、本能的に理解している。
「そ、そうだ……!! こっちよ!!」
困っていると、今度は少女の方が俺の手を引いた。
温室の奥に大きな石の十字架が一つ。
十字の中央に『安らかに眠れ、我が親友』と書かれている。
名前は書かれていなかったが、誰かの墓石であることは明らかだった。
少女はこの墓石の裏側に回る。
「おい、どうするつもりだ……!? まさか、この墓の裏がわで身を隠そうだなんて言わないよな!?」
「そんなすぐに見つかるようなことはしないわ!! この下よ!!」
少女が指差したのは、地下へ続く階段の入り口の扉だった。
「この下、宮殿の中に通じてる秘密の通路になってるの! ここから逃げるしかないわ!」
「な、なんでこんな場所、知ってるんだよ!?」
「当然でしょう!? この廃宮殿は、私の修行場なんだから————!!」
「修行場……!?」
「話は後! とにかく、下へ!!」
中へ入り、扉を閉める。
真っ暗で何も見えない。
ところが、少女の手のひらが光る。
「杖がないから、あまり大きな魔法は使えないけど……」
「いや、十分だ。よく見える」
石段を降りて、地下へ。
一番下まで降りて、まっすぐに進むと遠くの方に青白いぼんやりとした燈が見える。
「地下なのに……どうして……?」
「発光植物よ。暗いところで光るの。キノコとか、花とか……通路の中に咲いてるの」
少女の言った通り、光る植物が咲いていて、まるで星空の中を歩いているような、美しくて不思議な場所だった。
「こっちよ」
その美しい光景に目を奪われ、植物の光を頼りに進んでいた俺を、少女は引き止める。
よく見ると、道は二手に分かれていて、少女が指差した方には発光植物は生えていなかった。
上へ続く階段があるだけだ。
「え……? でも、じゃぁ、こっちに続いている道は……?」
「そっちに行っても、あるのは誰かのお墓よ。青い棺が一つだけ置いてあった。宮殿の方に行くならこっちの階段」
「青い棺……? ああ、そうか、墓の下だもんな」
廃宮殿の中に行けば、俺たちを引率してきた士官学校の教師や年上の同級生がいるはずだ。
魔物が出たことを知らせれば、すぐに退治に向かってくれるだろう。
けれど、それよりも俺は、あの道の先にある誰かの墓に呼ばれているような……そんな奇妙な感覚に襲われる。
「誰かの墓ってことは、名前は書かれていないのか……?」
————いや、待て。青い棺は、皇族専用だったはず。皇族の墓が、こんな廃宮殿に……?
「ミなんとクだと思うけど、わからないわ。私、まだ文字は自分の名前しか読めないの。なに、棺を見たいの? もうあの魔物は追ってこれないだろうから、別に見に行っても構わないけど……」
————誰の棺だ……?
「……君の名前は?」
「ミクスよ」
少女の名前はミクス。
魔族と人間の間に生まれた————この時はまだ、見習いの魔法使いだった。
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