第17話 旅立ち
ノストリアは気候的に農業には適しておらず、雪解けの時期から紅葉樹が色づくまでのわずかな期間しか暖かい日がない。
その代わり、研究と教育に力を入れている町だ。
数多くの魔法使いを輩出している魔法学校もあり、騎士、戦士の育成でも成果を上げていて、優秀な人材を多く輩出している。
その軍事力は、帝都テントリアにいる帝国軍の倍以上と言われているほどだ。
この2年で、イストリアにいた頃とは全く質の違う修行を積んだ俺は、魔力も体力も攻撃力もその全てが完璧になっていた。
魔族と人間の混血であるミクスに魔力で勝つことはできないが、それ以外ならなんだってできる。
「本当に、勇者として魔王討伐へ行くのか? もう少し、ここにいたらどうだ?」
「大丈夫ですよ。そう簡単に負けたりしません。俺は帝国一の士官学校を首席————それも、飛び級で卒業しました。実力は十分でしょう?」
「だが、まだ子供じゃないか。それに、君はルルベル家の大事なご子息だし……何かあったら」
ノストリア士官学校をたった2年で卒業した俺は、卒業式の翌日、早々に勇者として旅立つことに決めていた。
ところが、心配性なシルバーナ公爵は俺を引き止めようとしている。
「大丈夫ですよ。別に、一人で魔王を倒しに行くわけじゃないですし……道中で仲間を何人か増やして、完璧なパーティーを組む予定です。それより、ミクスのことお願いしますね」
この旅路に、ミクスを巻き込むわけにはいかない。
朝に弱いあいつが、まだ寝ている間に出て行くつもりだった。
あいつなら、一緒に行くと言いかねない。
ノストリアに来た当初は、ひどく落ち込んでいたミクスだったが、魔法学校でたくさん友人ができて、以前のように少しだけど笑うようになった。
シルバーナ夫妻は二人とも心優しい人たちだし、あいつの幸せを俺の復讐のために、壊して欲しくない。
「それは、任せておけ。あの子は、私たちの娘だからな。でも、本当に、いいのか? あの子になにも言わずに……」
「大丈夫です。魔王を倒したら、必ずここに帰って来ます。今まで、お世話になりました」
深く頭を下げ、俺は最低限の旅の荷物を持って、シルバーナ家を出た。
まずは、帝国軍のノストリア要塞で勇者登録の手続きをしなければならない。
勇者登録は誰でも可能。
未登録で魔王を倒しに行っても別に構わないのだが、勇者登録をしておけば各地にある教会や帝国軍の施設に出入りが自由になる。
倒した魔物の数や参加した魔族との戦いの結果次第で給金だって出るのだ。
どうしたって金が必要だし、利用した方がいい。
「————勇者登録の方は、こちらの書類に記入を。終わったら、あちらの窓口に提出し、勇者証明証をお受け取りください」
感情が全くない受付の女に淡々とそう言われ、俺は書類に必要事項を記入して窓口で勇者証明証をもらった。
出て来たのは小さな銀色の丸いピアス。
「……え? これが、勇者証明証ですか?」
「はい。こちらを耳におつけください。穴は空いてますか?」
「……空いてないです」
「それじゃぁ、失礼します」
「え?」
窓口の女は、腕を伸ばして俺の左耳を引っ張り、耳たぶにそのピアスを突き刺した。
「……いっ!? なにするんだ!?」
「勇者がこれくらいのことでなにを焦っているんですか? しっかりしてください」
「いや、そういう意味じゃなくて……!!」
「はい、では勇者証明証について説明しますね……」
「おい!!」
「そちらの勇者証明証は、ピアス型となっております。銀色なのは、ノストリアで発行された証明証のみです。色は証明証の発行場所によって異なります。一度つけると、勇者資格が切れるまで外すことはできません。魔物に耳を食いちぎられないようにご注意ください。ピアスから生体反応がなくなれば、自動的に鬼籍に入ることになります。その場合、直ぐに緊急連絡先にご記入いただいた方に知らせが行くようになっておりますので、ご安心ください。帝国軍と連携している施設または、勇者協会に加入している宿の宿泊費は無料となっております。報酬・賞金等は勇者
約30分、早口で長い説明を受け、要塞を出た頃にはなんだかどっと疲れてしまった。
まだ耳がジンジンしているような気がする。
左耳の耳たぶを触って確認すると、乾いて固まった血が少し指についた。
————まぁ、何はともあれ、やっとこれで旅立てる。
勇者として名をあげ、魔王を殺す。
そして、最後にあいつをぶっ殺す。
そう思いながら、ノストリアを出た瞬間だった……
「————い! おい、なぁ!! おいってば!!」
その男は、まだ春先だというのにパンツ一枚に靴下というとても寒そうな格好で立っていて、俺に声をかけてきた。
「お前、そのピアス、勇者だろう!? わたしを仲間に入れてくれないか!?」
————変態だ。
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