第31話 はしたない


 偽物の勇者のせいで、テントリア軍は多くの兵士を失った。

 そこへ、この悲劇の知らせを聞いたノストリアからテントリアへ補強の軍が送られることになる。


「この先どうするんだ? リヴァン」

「どうもこうも、言っただろう? ウェストリアに行って、魔法使いを仲間に入れる」

「でも、皇帝陛下が言っていたじゃないか、お前がすぐに討伐に行けるなら、仲間一人くらい足りなくても構わないって……特例だって」

「そうだそうだ! それに、イグ皇女殿下との婚約だって許してくれたんだろう? 偽物の勇者を見抜いた礼として」


 俺が進言したおかげで、現世鏡と写実鏡で事態をいち早く把握できたため、第二陣として2日遅れてテントリアを出発した軍勢はなんの被害もなく退避することができたのだ。


 もっと多くの人間が魔王軍に殺されていたことになる。

 下手をすれば、テントリア軍は壊滅していたかもしれない。

 俺のおかげだと皆が囃し立て、俺はすっかり城内でも勇者として有名になっていた。

 イグはこの機に乗じて、クロを説得し、俺との婚約が決まる。


「ここまできたら、確実に魔王を倒せなければ意味がない。テントリア軍所属の魔法使いもあの悲劇でかなりの数やられてしまったし……魔王一人が相手なら俺たちだけでなんとかなるかもしれないが……」


 いずれにしても、軍隊は必要だ。

 魔王軍と戦える優秀な軍隊が。

 ノストリアから応援が来ても、今テントリアに残っている軍人たちの再教育が必要なことは明らかだ。

 テントリアの軍勢はあまりにも弱すぎる。

 魔王軍と戦えるようになるまで、軍力を底上げしないと、今すぐ魔王討伐に向かっても魔王にたどり着く前に全滅するだろう。


 流石に俺がどんなに優秀で、力の強い勇者だとしても、数の暴力には敵わない。

 軍備を整えている間に、使える魔法使いを探すことにした。


「————本当に、行かれるのですか……?」

「ええ、ノストリアの軍がこちらに到着したら、俺たちはウェストリアへ行きます」

「戻って、来てくださるんですよね?」

「もちろんです。魔王討伐の準備を整えたら、必ず……」


 テントリアにこれ以上被害が及ばないように、軍本部の利権だけで出世して、実力が伴っていない使えない魔法使いの爺さんたちと結界の貼り直しや応急処置を施しに回ったりしため、俺たちは今日で三週間ほどテントリアに滞在している。

 その間、イグは毎晩のように俺に会いに来ては、頬を染め、うっとりとした表情ですり寄って来ていた。

 婚約者となった今、誰も反対するものはいない。

 恋は盲目というやつなのだろう。

 教育係のメイドは、「婚姻前にそのような……はしたない!」とかなんとか言っていたが、俺は鳥肌が立って仕方がなかった。

 それでも全ては復讐のためだと我慢し、甘い言葉を吐き続けた。


「残念ですわ。私も、一緒にウェストリアに行ければよかったのに————」

「それはいけません。皇女殿下」


 ————ふざけるな。邪魔なだけだ。


「あなたと離れるのは俺も辛いですが、城の外に出てはいけません。外には人攫いも、あの偽物の勇者のように何か企んでいる魔族、なんの理由もなく襲いかかって来る魔物だっています。俺が必ず、魔王を倒して、平和な世界を取り戻して見せますから、どうかあなたは安全な場所にいてください」

「勇者様……!!」


 手を握り、眉を下げて悲しそうな表情を作れば、イグはこの上なく嬉しそうな表情をして、俺の胸に耳を押し当てる。

 わかっていた。

 この女が、何を求めているか。


「なりません、皇女殿下。今は、まだ……」

「わかっています。このようなこと、皇女としては……はしたないと……でも、せめて…………もう少しだけ……もう少しだけ、テントリアにあなたがいる間は、こうして、少しでも長くあなたのお側にいさせてください」

「皇女殿下……」


 ————ああ、なんて単純で、バカなガキだ。簡単に騙される。


 仕方がなく、求められるまに抱きしめてやると、イグは体をよじりながら、体を熱くしていた。

 その熱が気持ち悪い。


「愛しています。勇者様」

「……俺もです」


 もうすぐ夏が来るというのに、俺の指先は冷たかった。

 その指の冷たさで、気持ちがそこにないのがバレたくなくて……

 キスをせがまれても、体を求められても、のらりくらりと理由をつけてはかわし続ける。

 こんな気持ちの悪い女、抱けるわけがない。


 誰もが口を揃えて、絶世の美女だと羨ましがる第四皇女だとしても、こいつは俺を殺した偽物の皇帝の娘だ。

 皇女だとお高くとまっているが、戸籍すらない、本当の身分さえ不明の賎民の下品な女の体に、惹かれるはずがなかった。


眠れソーノ


 いつも中々自分の部屋に戻らないため、こうして無理やり魔法で眠らせてから皇女の寝室に連れて行く。


「……まったく、こんなことのために魔法を習ったわけじゃないんだが」


 本当に、面倒だ。






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