第39話
丹波くんとの不毛な決闘からしばらく後、僕と岩代さん以外のパーティーのメンバーはファミレスに集まって食事をしていた。
「なんかこの面子で集まるのも違和感がなくなってきたわね」
「まあ二人がギルドで探索者登録をしてダンジョンの探索も一緒に行きましたしね。二人もとも顔なじみのようになるというものです」
僕と和泉さんが探索者になってからそんなに長い時間が過ぎたわけでもない。それでも出雲さんや不知火さんとはもうずっと一緒にいたように錯覚してしまう。ダンジョンでモンスターと戦ったり危険を共にしたのも大きいのだろうか。和泉さんとも以前よりよく話すようになったしね。
「二人とも探索者としても経験積んできてるしね。この前ダンジョンに潜ってもモンスターと遭遇しても怯えてもいなかったし」
「それは不知火さんとか岩代さんがついていたのもありますよ。出雲さんのスキルで皆ちゃんと連絡がとれるというのもありましたし」
「ふふ、役に立てているみたいでなによりです」
僕の言葉に出雲さんが気をよくする。実際彼女のスキルがなくてダンジョンで連絡手段がないと探索はかなり大変だと思う。
「梓のスキルは本当に便利よね。他のパーティーはダンジョンで互いに連絡をとるために専用のアイテムが必要なのがこっちはスキル一つで出来ちゃうし。それ以外も電子機器相手ならほぼ無敵だし」
「まあ探索で便利な能力ではあります。その代わり戦闘はからっきしですけどね。楓やリーダー、隠岐さんに任せっきりなのが心苦しいです」
「そんなこと気にしなくていいですよ。皆スキルで出来ることはあるんですから」
「隠岐くんの言う通り、変に自分を貶めるのは梓のよくないところだぞ」
「……分かっていますよ。すいません、癖みたいなものなんです」
「和泉ちゃんもそんなふうに考えないようにね。あなただって負傷した人をちゃんと救ってるんだから」
不知火さんに指摘されて和泉さんが気まずそうな顔をする。どうやら似たようなことを思っていたらしい。
「不知火さんの言う通りだよ、和泉さんは他のパーティーの人と一緒に探索をした時も褒められてたしね」
「いやあれは私に出来るようなことをした結果だよ」
照れ臭そうに彼女は言う。僕と和泉さんは丹波くんの一件の後、不知火さん達や他のパーティーと合同でダンジョンに潜ったりした。和泉さんはそこで負傷した人の手当を一手に担ったのである。治療系のスキルが貴重なので他のパーティからは感謝された、最近では彼女のことを天使と呼ぶ人がいるとかいないとか。
「うん、うん。和泉ちゃんは他の人とも仲良く出来てるし評判もいい、最近じゃ天使なんてあだ名も付いたみたいじゃん」
「~~! 不知火さん、そのあだ名で呼ぶのはやめてください!」
本人はこの通り、このあだ名で呼ばれるのを凄く嫌がっているけど。
「隠岐くんもだんだん注目されてきてるみたいだしね。あたしの周りに有名人が増えたわ」
「あなたもその有名人の中に入るんですよ、楓」
出雲さんが不知火さんに冷静に突っ込む、彼女は口笛を吹いて誤魔化していた。
丹波くんの一件以来特に波乱は起きていない、彼もずっと学校には来ていないからあの後なにをしているかは僕も知らないのだ。
「ところで隠岐くん、あの不良くんとはあの日以来揉めたりはしていないの?」
「ええ、彼は学校にも来なくなりましたよ。僕に負けたという話もすぐに皆嗅ぎつけたみたいで今じゃすっかり馬鹿にされています」
彼と戦った翌日は事の顛末に関してクラスメイトから質問攻めにあったなあ。隠すことでもないから正直に話したら話が一気に広まって彼の評価は地に落ちた。彼に嫌がらせを受けていた人からは感謝もされて妙な気分になったなあ。
「あらら、皆野次馬根性だけは立派に持ってるね。まあでもこれで君も変なやつに絡まれることはなくなったから本当によかったね」
「ええ、それは本当にそうですね」
不知火さんの言葉はその通りだ、彼と関わることがなくなって僕の精神的負担は大きく減った。だけど僕は心のどこかで嫌な予感を感じていた。
*
薄暗い路地裏に少年が一人、丹波だ。
彼はおぼつかない足取りでふらふらと彷徨うように歩いている。目は虚ろで焦点も定まっていない。以前の彼を知っている人間が見たら本当に彼かと疑ったかもしれない。それくらい今の彼は憔悴していた。
「……ちくしょう、ちっくしょう……」
うわごとのような言葉を吐きながらふらふら歩く彼の今の様子は亡霊のようだ。
「なんでだ……なんで全部俺を中心に回らない……」
「ふむ、君は……面白いな」
誰がが丹波に声をかけてくる、彼は無気力に声のしたほうを見た。
そこには一人の男が立っていた。年齢は20~30くらいだろうか。彼はこちらにゆっくりと近づいてくる。
「なんだぁ……てめぇ……」
しかし丹波は彼が何者かを尋ねるだけだ、以前の彼ならここで相手に突っかかっていくくらいのことはしただろう。しかし今の彼にそんな気力はなかった。
「自分が中心と信じて疑わなかったが彼に負けたことによってそれが完璧に砕け散ったか。随分情けない様だ」
隠岐のことを話題に出され、丹波の瞳に怒りからか微かに生気が戻る。
「いきなりなんだ、てめぇ。俺を笑いたいのか」
「いいや、違う。君を助けたいのさ」
「助けたい……だと」
「君は……隠岐くんにすべてを奪われた。私は君は再び強者として振る舞えるように手助けをしたいのだよ」
「……あいつを殺せる方法でもあるのか?」
「ある、私にはそれが出来る」
「……」
男は丹波の質問に対し、力強い口調で断言する。丹波はしばらく沈黙していたがやがて口を開いた。
「今、てめぇは俺があいつに勝つ方法があると言った。てめぇは俺を強く出来たりするのか?」
「ああ、そうだ。そして強くなった君は必ず彼に勝利できるだろう。ただこれは君が私についてくることを了承すればの話だ。さあどうする」
「……あいつに勝てるんならなんでもいい。お前が何者かはこの際聞かないぜ。その代わり必ず俺を強くしろ、じゃないとお前を殺す」
丹波の答えを聞いてBは口の端をつり上げて笑った。
「よろしい、では私についてこい。安心しろ、まどろっこしい訓練などはしない。短期間で君を彼に勝てるようにしてやるさ」
彼の後についていくBの顔には残忍な笑顔が浮かんでいた。
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