第10話

「うぅ……」


 翌朝、鳴り響く目覚ましのアラーム音で僕は目を覚ました。


「……また今日から学校か」


 楽しい休日はあっという間に終わり、憂鬱な月曜日がやってくる。僕は嫌々ながら支度を終えて朝食を食べた。


「あの丹波と顔を合わせないといけないのは本当に苦痛だ」


 本人の気分次第で他人に絡んでくる人間は迷惑以外の何者でもない。そんなやつの顔を見ないといけないと考えただけでも気分が沈む。

 今日もまたつまらない一日が始まるなあなどと考えながら僕は学校へ向かった。



「おはよう、隠岐君。この前から体調に変化とかはなかった?」


 教室に着いて席に着席した僕に和泉さんが声をかけてきた。スキルが目覚めたばかりの時は体調を崩す時もあるみたいなのでそのことを心配してくれているのだろう。


「おはよう、和泉さん。うん、特に身体に変化はないよ。むしろ体力に関しては有り余っている感じかな」


 身体強化の効果のおかげなのか基本的な体力も上がっている気がするのだ。日曜日はスキルの把握を済ませた後、部屋を掃除したんだけど以前は疲れを感じていたのがまったくなかった。


「そうなんだ、それってスキルの恩恵なのかな?」


「確証はないけど多分そうだと思う。それ以外特別なことをしていないから」


 スキルのおかげで僕の基礎的な体力も向上してくれるのはありがたい。今まで気にしていなかったけど体力があると精神的にも前向きになれている気がする。この変化はありがたいものだった。


「いずれにしてもなんともなくてよかったよ。スキルが目覚めた時に反応が出ると苦しいんだよね……」


「和泉さんは自分のスキルが使えるようになった時に酷い反応が出たの?」


「うん。何日か熱が出て引かなかったし、身体がだるかったから大変だったよ」


「そうなんだ……」


 なんの反応もなかった僕は運が良かったんだな……。聞いてると反応が出ると結構大変みたいだから出なくてよかった……。


「おーおー、朝っぱらからいちゃついてやがる」


 一番聴きたくない声が僕の耳朶に残る。和泉さんと楽しく話していたのにその気分が台無しになった。


「丹波くん」


 僕の視線の先には丹波くんが立っていた。彼の視線には和泉さんと僕への嘲りが含まれていた。


「雑魚2人が朝からお熱いねえ。まあお前ら2人は弱者同士で馴れ合ってるのがお似合いだよ。ただ」


 丹波君はこちらへゆっくりと歩いてくる。やがて僕を見下ろすような形で側に立った。


「隠キャのお前が女と楽しそうに話してるのは気に食わねー。だからさ、一発殴らせろ」


 なんとも理不尽な理由で丹波くんは僕へと殴りかかってきた。クラスの皆がその光景を見て息を飲むのが分かった。

 丹波くんの拳が僕に向かって振り下ろされる。以前の僕ならなす術もなく喰らっていただろう。しかし、今は違う。


(あれ、丹波くんの拳が嫌に遅く見える)


 振り下ろされてくる拳が今の僕にはスローモーションで動く映像のように見えていた。一瞬丹波くんは手を抜いているのかとも思ったけどすぐに違うと思い直す。


(ああ、そうか。これも身体強化の恩恵か。彼が遅くなったわけじゃない、僕が彼の動きを捉えられるようになっただけだ)


 今の僕には丹波くんが全く怖い存在に思えなかった。彼などあの恐ろしいサイクロプスに比べたら取るに足らない存在でしかない。

 

「なっ!?」


「えっ……」


 丹波くんの表情が驚愕の色に染まる、僕が彼の拳を受け止めていたからだ。和泉さんも僕が丹波くんの拳を受け止めたことに驚いている。


「てめぇ、離しやがれ!!」


  丹波くんが僕に拳を受け止められたことに狼狽して怒鳴る。そんな彼の様子が酷くみっともなく思えた。


「これ以上暴力を振るうなら僕にも考えがある。自己防衛はさせてもらうよ」


 僕はなるべく低い声で丹波くんを脅す。僕がやり返す意思を見せたことが丹波くんは気に入らなかったのか逆上しだした。


「いい気になるんじゃねえぞ! この隠キャが!」


 僕への怯えは怒りで吹き飛んだのか丹波くんが再び拳を振り上げて僕目掛けて振り下ろそうとした。僕は彼の拳を受け止めようとしたが。


「なにをやっているんだ、お前は!」


 教室に怒声が響き渡る。担任の先生が教室に丁度やってきたなのだ。


「丹波! お前はまた隠岐に絡んでいるのか! いい加減にしろ! これ以上問題を起こすならこちらも対応を考えるぞ!」


「ああん? うっせえぞ、だいたいお前ら俺に勝てねえだろ。弱い分際で偉そうなこと言ってんじゃねえ」


 丹波くんの指摘に先生は黙りこむ。そう、彼自身が言ったように彼はスキルのおかげで大抵の先生達より強いのだ。彼が本気で暴れたら先生の誰も太刀打ち出来ない、これが丹波くんが好き勝手に出来ている原因でもある。


「まあいいや。おい、次さっきみたいな態度を取ったら許さねえぞ。お前のようなやつは俺に痛ぶられるために存在してるんだから忘れんな」


 丹波くんは僕を睨みつけて捨て台詞を吐きながら去っていった。僕は内心で彼の態度を笑う。


「隠岐くん、大丈夫?」


 和泉さんが心配して声をかけてくる。


「うん、大丈夫だよ。ちゃんと受け止めてたの和泉さんも見てたでしょ。和泉さんもごめん、巻き込まれたみたいになっちゃって」


「ううん、気にしてない。それにしても凄いね、丹波くんのパンチを受け止めるなんて」


「彼の殴ってくる拳の軌道が見えたんだよ。だから受け止められた」


「そうなんだ、なんか隠岐くんのスキル恩恵凄くない……」


「うん、僕もそう思う。このことについていろいろと話したくもあるけどそれは後にしよう」


「うん、それじゃまた後でね」


 和泉さんは足早に自分の席へと戻っていく。


(僕が丹波君の攻撃を受け止めた……!)


 僕はさっきの出来事を思い返して自分がもうやられるだけの存在ではなくなったことに嬉しさを感じていた。


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