魔剣の少年の無双譚~スキルに目覚めたことで僕の人生は変わった~

司馬波 風太郎

第1話

 この世界にダンジョンが出現してからもう何十年も経っていた。ダンジョンの中には怪物が生息していて人はそれをモンスターと呼ぶようになる。

 ダンジョンが現れたと同時に人間にも変化が起きた。人々の中に異能を使うものが生まれ出したのだ。人間はそれをスキルと呼んだ。

 スキルを持った人間はダンジョンに生息するモンスターと戦える存在だった。やがて彼らは好奇心からダンジョンへと潜るようになる。彼らは探索者と呼ばれるようになった。

 ダンジョンの中には今までにない鉱石などが存在しており、探索者達が持ち帰ったそれにはかなりのエネルギーが含まれているものもあった。やがてその鉱石を利用した産業も生まれるようになる。

 出現してからの数十年でダンジョンは人間社会の隅々まで大きな影響を与えた。


 

「おー、隠岐。今日も湿気た面してんな」


「丹波くん……」


 またか。


 僕はうんざりしていた。クラスメイトの丹波くんに毎日絡まれるこの高校生生活に。


 今年の春から高校に入学した僕は入学当初からさっそく面倒臭い人間に絡まれるようになった。それがこの丹波くんだ。彼、曰く、


「陰キャが同じクラスにいるのがうぜぇ」


 とかいう理不尽な理由で彼に絡まれだした。僕自身大人しくて気弱な性格なのは分かっているけどここまでめちゃくちゃな理由で相手に絡まれるのはなかなかない。 きっと今の僕はとても不機嫌な顔をしているんだろう。


「なんだ、お前。なんで俺が話しかけてやってんのに嫌そうな面してんだ。むしろ光栄に思うところだよな」


 丹波くんが僕が嫌そうにしているのが気に障ったのか不機嫌になる。こんな絡まれかたをして光栄に思う人間なんていないだろう。本当に彼の感覚はどうにかしてる。


「おい、なんか答えろや」


 僕がだんまりを決め込んだせいで丹波くんの堪忍袋の緒が切れたのか彼は僕の胸倉を掴んで持ち上げた。


「ぐっ……」


「お前、俺の言葉を無視するとはいい度胸だな。何度殴られてもその態度を変えやしねえ。なら何度でもお前の体にたたき込んでやる」


 そう言って丹波くんは僕を掴んでいないほうの腕で僕を殴ろうとする。


「だ、駄目だよ! 丹波くん! 殴るのは!」


 僕を殴ろうとした丹波くんを誰かが止める。声のしたほうにいたのは地味な雰囲気の女性徒だった。肩まである茶髪にとびきり美人とは言えないけど愛嬌のある顔立ちをしている。

 彼女の名前は泉 神楽。僕のクラスメイトであまり異性の友達がいない僕の数少ない友人だ。物静かな性格で気弱があるのは僕と似ていたからお互いに接しやすかったのはあったから仲良くなれたのかもしれない。


「んだ、泉。お前、俺のやることに意見すんのか」


 ぎろりと止めようとした泉さんを睨みつける丹波くん。


「ひっ……」


 睨まれた泉さんは悲鳴をあげてすくみ上がってしまう。その場から動くこともできなくなっていた。


「けっ! そうやってすぐ竦みあがるなら最初から出てくるんじゃねえよ。こいつと同じでお前も態度だけは立派だな」


 泉さんが竦みあがったのを見た丹波くんは再び僕に注意を向ける。彼が大きく腕を振りかぶったその時、


「こら、丹波! なにをしてるんだ!」


 教室に先生が入ってきて大声で彼を注意する。丹波くんにとっては最悪のタイミングで先生が来たことに彼は舌打ちする。


「ちっ、いいところで来やがって。おい、お前命拾いしたな」


 彼は不機嫌なのを隠そうともせず、僕の胸倉を掴んだ手を放すと自分の席に戻っていった。


「隠岐くん、大丈夫?」


 やっと動けるようになったのか泉さんが僕の側まで寄ってきて声をかけてくる。彼女の手はまだ微かに震えていた。


「ふん、弱いもの同士お似合いだぜ。特に隠岐、スキルに目覚めていないくせに俺のような選ばれた人間に楯突こうなんていい度胸だ」


 丹波くんは一度足を止め、僕と駆け寄ってきた和泉さんを見下すように見つめて吐き捨てた。

 そう、彼が僕を嫌っている理由はこういったところにもある。ダンジョンが現れてから人間にはスキルという超常の力を持った人達が生まれるようになった。

 その結果、スキルを持つ人と持たない人の差が生まれてしまい、スキルを持つ者の中には持たないものを虐げる者も出てきたのだ。

 僕は……残念ながらスキルを持っていない、運に見放された人間だ。丹波くんはそういう立場の僕が弱いくせに彼に従順じゃないのも気に食わないようだ。

 まさにスキルを持った人間がスキルを持たない人間に対して虐げる行為を彼は僕に実演しているわけだ。


(好きでこんなふうになったわけじゃないのに)


 僕だってこんなふうにスキルを持たない人間になりたくてなったわけじゃない。持っていないだけで丹波くんのようなどうしようもないやつに好き勝手にされるのは嫌だ。

 でも彼の言うとおりスキルを持った人間と持たない人間の差は歴然とある。僕がいくら挑んでも彼には敵わないだろう。


「くそ……」


 思わず悪態が口をついて出てしまった。こんなことを言ってもなにか変わるわけじゃないのに……。


「隠岐くん、あの……」


 和泉さんの声で僕ははっとする。


「ありがとう、和泉さん。僕は大丈夫だから和泉さんも自分の席に戻ったほうがいいよ」


「……」


 和泉さんは僕の言葉を聞いて静かに自分の席へと戻っていった。僕もまたどうしようもない悔しさを噛みしめながら自分の席へと着席した。



朝の丹波くんとの騒動の後はその一日は何事もなく過ぎていった。彼も僕をいじめることに飽きたのか授業が終わると彼の取り巻きと一緒にすぐ教室を出て行った。


(僕も帰る用意をしようかな)


 鞄の中に荷物を入れて教室を出る。学校にはあまり居たくなかったので早く家に帰りたくて気付けば足早に歩いていた。


「隠岐くん、ちょっと待って!」


 後ろから呼びかけられ、僕は足を止める。視線の先には和泉さんが立っていた。


「和泉さん?」


 僕が振り返って足を止めたのを見た和泉さんはこちらにやってくる。


「ねえ、よかったら一緒に帰らない?」


 和泉さんが遠慮がちに聞いてくる。普段からよく話すんだからそんなふうに遠慮しなくてもいいのに。


「いいよ」


 僕の許可が出ると和泉さんは嬉しそうな表情になり、僕の隣に来て並んで歩き始めた。

 

(僕個人としては接してもらえるのは嬉しいけど……僕と接してなかったら彼女ももっと皆の人気者になれたろうに)


 僕は入学してすぐに丹波くんに絡まれるようになり、彼に絡まれたくないクラスメイトからは距離を取って接されるようになった。

 和泉さんはそんな状態の僕でも普通に接してくれている、性格が優しいのだ。ただそのせいで彼女も丹波くんに絡まれるようになってしまった。

 彼女の女友達には僕に関わるのをやめるように言う人もいるのは知っている。それでも彼女は僕と接することをやめない。


(優しくて……強い人だよ)


 僕が彼女の立場なら彼女のようには振る舞えないだろう。彼女の友達が言っているようにいじめられている僕とは距離をとってなるべく関わることを避けるようにするはずだ。

 そんな自分が……情けなく思えてくる。


(自分にもスキルが目覚めてくれたらこんな思いをせずにすむのかな)


 ふとそんなことを考えてしまう。


 スキルはダンジョンが現れてから人間に発現した超能力のようなものだ。発現の条件などは未だに分かっていない。ある日突然開花する人もいれば、ダンジョンが現れた子供は生まれながらに持っていることもあるという。

 僕は未だにスキルは発現していない。もしスキルが発現してきちんとした力があれば丹波くんのような人間のいいなりになる必要もないし、和泉さんのような人間が僕のような人間を庇って嫌な思いをすることもないのだろうか?


(嫌だなあ、ないものねだりしても仕方ないのに)


 今自分が持ち得ない力があった場合のことなんて考えたって仕方がないのになにを考えているんだ、僕は。

 自分のあらゆる面での弱さが嫌になる。


「ねえ、隠岐くん。今日は災難だったね。朝からBくんに絡まれるなんて」


 和泉さんが声を掛けてきてくれたおかげで僕は我に返った。


「あはは、もうなれちゃったかな。彼は僕のことが嫌いみたいだから」


「その嫌ってる理由が意味分からないよね。自分が隠岐君を気に入らないからって理由で今朝みたいなことをされたら誰だって参っちゃうよ」


「……そうだね」


 実際に僕は参っているのだから彼女の言うことは正しい。本当に世の中は理不尽な理由で人の精神をすり減らしにかかってくる。


「……ごめんね、私なんにも役に立てなくて」


 和泉さんが申し訳なさそうな表情で謝ってくる。今朝助けに入ったけど丹波くんに睨まれて足が竦んでしまったことを言っているんだろうか? 


「それは今朝、和泉さんが丹波くんに脅されて怯えてしまったことを言ってるの?」


「うん。私結局余計なことをしちゃったかなあって思ってさ。止めようとしたのになんの役にも立たなかったし」


 それを謝る必要はないだろう、誰だってあんなふうに脅されれば足が竦んで当然だ。彼はスキルを持っていることもあって実際に強いんだし。


「和泉さんが謝ることじゃないでしょう。むしろ僕が感謝しないといけない、危険を犯して僕のために行動してくれたんだから」


「そう言ってくれてありがとう。……でもやっぱりちゃんと止められたらなあって思っちゃって」


 和泉さんははにかみながらも少し悔しそうだった。


「あーあ、私のスキルが補助的なものじゃなくて攻撃向きのものだったらいいのになあ。そうしたら今日みたいなことがあってもちゃんと止められるのに」


 和泉さんは心底残念そうに呟く、心からそう思っている声音だった。


「……僕もスキルがあれば、和泉さんみたいに助けてくれる人に嫌な思いをさせずに済んだかもしれない」


 思わず言葉を漏らしていた。


「あ、ごめん! 隠岐くんがスキル持っていないことが分かっていたのに私……」


「いや気にしないで……ふふ、お互い自分に望んだものがないのは辛いね」


「……そうだね。自分の望んだものが手に入ればいいのにね……」


 和泉さんがしんみりした様子で言う。彼女の言う通り、望んだものが望むままに手に入ればいいのにな。そうしたら僕達はこんなに苦しまずにすむのに。

 気まずい雰囲気が僕達の間に流れる。まずい、なんとかしないと! 元はといえば僕のせいだし。


「えーっと……あっ! そうだ、最近出来たお菓子屋さんがあるんだけどおいしいって評判だからちょっと寄っていかない?」


「……!? うん、いいよ!」


 和泉さんは目をキラキラさせながら即了承、よしなんとか話題を変えて気まずい雰囲気を打破することに成功したぞ。

 そのまま僕と和泉さんは一緒にそのお菓子屋へ談笑しながら向かった。だけど僕の頭の中ではさっき和泉さんとした会話がいつまでも頭の中で反芻されていた。



 

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