第2話

「うう……」


 窓から入ってくる日差しが眩しい。もう少しくらい寝ていたいが意識が完全に覚醒してしまったので僕は布団から出る。

 布団から出て顔を洗い、時間を確認する。時計の針は午前10時を指し示していた。


「……随分寝たなあ」


 休みの日に惰眠を貪るという至福を僕は噛みしめる。今、この家は今両親とも共働きで家にはいないため僕一人で生活している。セキュリティがしっかりしているマンションなので犯罪の心配はない。


「……暇だなあ、なにもすることがない」


 ぽつりと僕は呟く。基本的に僕は趣味もインドア派なので外に行く予定もない。

 こういう時にアウトドアの趣味を持っているなら外に友達と遊びに行くということもあるんだろうけど不幸にも僕にはそう言った趣味はなかった。いろいろな趣味がある人は羨ましい。


「……とりあえずゲームでもするかな」


 僕の数少ない趣味の一つであるゲームをするために購入したゲーミングPCを起動する。親が買ってくれた物だから自分の力で手に入れたものではないんだけど。


「あれ……? おかしいな」


 起動するために電源を入れたがパソコンはうんともすんとも言わない。まさか……。


「うそ……壊れた……」


 僕の部屋に虚しい呟きが木霊した。



「結局嫌な理由で外出することになっちゃったなあ。本当についていない」


 結局壊れたパソコンの代わりを買うために僕は秋葉原までやって来ていた。本当は外出する気がなかったのに。呪いの言葉を吐きながら僕は街を歩く。

 

「まあここは来てもいいんだけどね。雰囲気が好きだし」


 僕の家は秋葉原から近いということもあり、家で過ごすことの多い僕でも比較的多く来ている場所だ。家電量販店で商品を見て回るのは結構楽しい。 


「じゃあ行きますか」


 僕はいつも行っている秋葉原駅近くの家電量販店に向かう。ここに来たらまずあそこに向かうだろう。


「あれ? 隠岐くん?」


 ん? 今名前を呼ばれたかな? 


 僕は声のした方向を振り向いて呼び止めた人間を確認する。


 声のした方向にいたのは……


「え? 和泉さん? どうしてこんなところに……」


「えーと……アニメのグッズを買いにきたんだけど……こんなところで会うなんて奇遇だね」


 和泉さんは結構アニメや漫画が好きだ。だからグッズショップのある秋葉原に来ること自体は珍しいとは思わない。


 だけどまさか鉢合わせるなんて……。


「本当だね。まさか秋葉原で会うことになるなんて」


「隠岐くんはどうしてここに来たの?」


「本当は来るつもりはなかったんだけど家で使ってるパソコンが壊れちゃって……」


「え!? そうなの? そ、それは災難だったね……」


「本当にね……今日は家でゆっくりするつもりだったんだけどそのせいでここに来ないといけなくなっちゃって。今からは買い換えるパソコンを見に行くつもり」


「そっか。……ねえ、隠岐くん、よかったら一緒に買い物しない? せっかく会ったんだし」


「えっ?」


 突然の和泉さんの申し出に僕は戸惑ってしまう。学校帰りに一緒に帰って寄り道したりしたことはあったけどこんなふうに一緒に買い物に行くなんてことはなかった。


「もう。そんなに驚かなくてもいいでしょう。一緒に学校から帰ったりしてるんだしさ。あんまり驚かれると一緒にいるのが嫌なのかなって思っちゃうよ」


 少し拗ねたように言う和泉さん、彼女自身あまり派手ではない服装をしているから地味に見えるが決して可愛いくないわけではない。今のように拗ねた様子は愛嬌のある顔立ちもあってとても可愛らしく見える。


「ご、ごめん! ただっびっくりしただけだから。そんな申し出を受けることになるとは思わなくて……」


「隠岐くんって異性と一緒に買い物したこととかないの?」


「……」


 僕は黙り込んでしまう。彼女の言うことが当たっていたからだ。異性と一緒にこんなふうに遊んだことなんて僕は和泉さん以外ない。もともと人と話すのが得意でない僕にそんな大胆なことが出来るわけがないのだ。……そこまで考えて嫌な気持ちになった。


「その……ごめん。隠岐くんのことを傷つけたなら謝る……」


「い、いや! 気にしないで!」


 申し訳なさそうに謝罪する和泉さんを僕は慌ててフォローする。彼女は悪いことを言っていないのだから謝罪は必要ない。


「そ、その僕がそういったことをする勇気がないだけなんだ。だから和泉さんが気にする必要はないよ」


 まったく本当に自分が情けなくて嫌になる。


「隠岐くんはもっと女性から好かれる性格だと思ってた」


 ええ……? どうしてそうなるの……。和泉さんは僕のことを過大評価している気がする。


「ねえそれってどういう……」


 和泉さんの言葉に困惑して僕が真意を確認しようとした時、突如大きな警報の音が僕達のスマホから鳴り響く。


「な、なに?」


「これって……」


 これはこの近くにダンジョンが出現した時に鳴り響く専用のアラームだ。


「この警報が鳴り響くってことは……」


 この近くにダンジョンが出現している、なんとなく嫌な予感がした。


「きゃあああああああああああああああああああ!!」


 悲鳴が響き渡る。僕はそちらの方へ向かい、なにが起きたか確認を行った。


「あれは……モンスター!?」


 僕は思わず絶句する。女の人の悲鳴を辿って向かった先で見たのはダンジョンの中で生息しているはずのモンスター達が現実空間で暴れている光景だった。



「な、なんでモンスターがこんなところにいるの? ダンジョンの中にいるんじゃないの?」


 和泉さんの怯えた声が僕の耳朶を打つ。和泉さんの言うとおりモンスターは基本的にダンジョンに生息するものだ、ダンジョンから出てくることは基本的にない。だけど何事にも例外があるようにたまにダンジョンから出てきてしまうモンスターもいる。だからダンジョンの入り口が出来た時はさっきのように警告のアラームがなるようになっているのだ。


「あれは多分ダンジョンから出てきたモンスターだよ。モンスターは基本的にダンジョンから出ないのは和泉さんの言うとおり、だけどたまにダンジョンから出てくることがあるんだ。あの暴れているやつは多分迷い出てきたやつだよ。近くにダンジョンの入り口があるはず……」


 僕は慌てて周囲を確認する。あった、モンスターの近くにダンジョンの入り口が出現していた。


「やっぱりあそこのダンジョンの入り口から出てきたんだ」


 今日は本当に運がない。まさかこんな最悪の偶然にも遭遇してしまうなんて、なにかの呪いでもかかっているのだろうか。お祓いでもしてもらったほうがいいかな。

 なんてことを考えてる場合じゃない、あのモンスターから逃げないと。


「和泉さん、逃げよう」


「え?」


 モンスターを見て気が動転しているのか、和泉さんが間の抜けた返事をする。僕はこの場から早く離れることを促すために言葉がきつくなっていた。


「ここに居たら僕達も襲われる。早く逃げないと」


「……」


 和泉さんはじっとモンスターのいるほうを見つめている。悔しそうな表情を浮かべた後、和泉さんは僕を見る。


「……そうだね、私達に出来ることなんてなにもないもんね……」


「……っ」


 和泉さんの言葉に僕は俯く。そうだ、僕たちがあのモンスターに挑んだってなにか出来る訳じゃない。僕は和泉さんの手を引いて走りだした、一刻も早くここを離れないと。

 僕と和泉さんはモンスターの群れから距離をとるために走り出した。



「はあ、はあ……!!」


 日頃運動をしないから息がすぐにあがってしまう。くそ……!


「グオオオオオオオオオオオオオ!」


 響き渡る雄たけびと共に僕らの前に一体のモンスターが現れる。一つ目の大きな体格のモンスターだ。


「サ、サイクロプス……!?」


 僕は襲ってきたモンスターに戦慄する。モンスターのランクはS~Dに分類されている。ランクが上がればあがるほど危険度は上がっていき危険なモンスターという分類分けがされている。Sランクのモンスターは遭遇したら生き残ることができないとまで言われているほどの強力な存在だ。

 そして目の前にいるサイクロプスは危険度Aランクに分類されるようなかなり強いモンスターだ。


「くそ……!! なんでこんなやばいモンスターに遭遇するんだ……!?」


 本当に今日はついていない、次から次へと厄介なことが起こる……!!


「ね、ねえ、隠岐君……これってもしかしてかなりまずい状況……?」


 和泉さんが怯えた声で僕に話しかけてくる、僕が手を引いている彼女の手は震えていた。


「そ、そうだね。かなりまずい状況ではあるよ……」


 Aランクのモンスターに遭遇するとは思っていなかった。そもそも協力ではあるがが高位のランクのモンスターは数が少ないのだ。だからこんな形で遭遇してしまうのは本当に運がない。

 どうしようか考えているとサイクロプスが手に持った棍棒を大きく振り上げて僕と和泉さん目掛けて振り下ろしてきた。


「……走って!!」


 僕は叫び和泉さんの手を引いてその場から走り出す。僕らがさっきまでいた場所にはサイクロプスの棍棒が振り下ろされた。

 凄まじい轟音とともにコンクリートが砕ける。サイクロプスの棍棒が振り下ろされた後にはクレーターのような大きな穴が出来ていた。


「「……っ!!」」


 僕と和泉さんは同時に息を呑む。あんなものに当たってら即死だ。


「……畜生……!!」


 僕は悪態をつきながら和泉さんの手を引いて走る。あのサイクロプスに対抗できる力があればいいけど僕にはスキルがない。こんな自分と友人の命がかかった状況でも戦う力がないのが心底恨めしい。そのせいで無様に逃げ回るしかない。

 そんな僕の内心を知ってか知らずかサイクロプスは僕と和泉さんを追いかけてくる、完全にターゲットにされたみたいだ。

 巨体のくせにサイクロプスは軽快な動きで僕達を追いかけてくる。このままだと追いつかれてしまいそうだ。


「……ねえ、隠岐くん」


 これまでずっと黙っていた和泉さんが口を開く。相変わらず恐怖で体は震えていたけど言葉には強い意思を感じた。


「え……!? 和泉さん!?」


 彼女の次の行動に僕は戸惑ってしまう。なんと彼女は僕の手を放し、走るのをやめてしまったのだ。


「なにやってるの!? 早く逃げないと奴に殺されるよ!!」


 彼女の行動に僕は強い言葉で叱責してしまう。けれど彼女はそこから動こうとせず、僕のほうを見て微笑んだ。


「ここは私が囮になるから隠岐くんは早く逃げて」


「なっ……!! なにを言ってるんだよ!! 君のスキルはあいつを倒せるようなものじゃないだろう!! 早く逃げるんだ!!」


「でもこのままじゃ二人とも逃げきれないでしょう」


「……っ!!」


 彼女の指摘に僕は言葉を返すことが出来ない、彼女の言う通りだったからだ。このまま二人で逃げ続けていても追いつかれてしまっていただろう。彼女もそれは分かっていたんだ。


「やっぱりね。だったら二人ともやられちゃうよりどっちかが残ってあのモンスターを引き付けたほうがいいよね。大丈夫、私のスキルはあいつを倒せないだろうけど引き付けるのには向いてると思うから。だから隠岐くんは逃げて」


 和泉さんは笑いながらそう言うとサイクロプスへと向かっていった、そんな彼女を僕は茫然と見つめることしか出来なかった。




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