第3話

「……っ!」


 僕は唇を強く噛む。強く噛んだせいで唇が切れてしまい血が流れだした。口の中に血の味が満ちていく。それと同時に僕の心を無力感が支配していった。


 ああ、畜生、また僕はなにも出来ないのか? 


 自分が高校に入って丹波くんからいじめを受けている時、和泉さんは勇気を出して僕のことを庇ってくれた。学校内での自分の立場が悪くなるのも構わずに。

 なのに自分はなんだ? 彼女の優しさに甘えきって学校生活を送ってあまつさえ今彼女が再び自分のために身を危険に晒している時に何も出来ず地面に座りこんでいる。


「……ふざけるな……!」


 自分のものとは思えないくらい低い声が出た。こんな声が自分も出せたのかと思ってしまう。


「これでいいわけないだろう! 和泉さんに助けてもらってばかりじゃないか! 情けない!」


 自分の力の無さと情けなさを呪う。こんな時に自分が思うように誰かを守れる力があればこんな思いをせずにすむのにどうして自分にはそれがない? 


「こんな時にさえ僕は……!」


 残念なことにどれだけ願ったとしても僕にはあの強力なモンスターを倒せるようなスキルはない。和泉さんを守りたいと想っても僕がそれを成し遂げることは不可能なんだ。神様というやつは本当に不平等だな。


「神様でも悪魔でもいい! 頼むから僕に力をくれ!! 和泉さんを死なせたくないんだ……! お願いだから……」


「スキル『魔剣創造』を獲得しました」


「な、なんだ? 今の声!?」


 突然の出来事に僕は戸惑う。いきなり頭の中に電車の駅のホームで流れているアナウンスのような声が響いてきたのだ、そしてその声の言った内容が僕にとっては重要だった。


「ぼ、僕にスキル……!? な、なんでこのタイミングで……!?」


 そう、あの声は確かにスキルを獲得したといったのだ。そしてそのスキルは……


「名前は『魔剣創造』って言ってたっけ……物騒な名前だけどなにが出来るんだ……?」


 ただでさえまずい状況なのだ。もしさっきの声が言ったように今の僕がスキルを使えるようになったのなら、そのスキルが今の状況に対応できるものなのかを把握しないといけない。あのサイクロプスと戦えるような強力なものだといいけどな……。


「スキル『魔剣創造』は使用者の望むことを効果として反映した剣を生み出します。その剣の持つ効果に応じて使用者に様々な恩恵をもたらすことが出来ます」


 僕の疑問に答えるかのようにアナウンスの無機質な声が獲得したスキルの解説を行った、その説明を聞いて僕は頭を抱える。

 いくらなんでもスキルの効果が曖昧過ぎる!! もっと効果が分かりやすいスキルのほうがよかった! 炎を扱えるようになるとか雷を落とせるようになるとか! 願いを反映ってなんだよ! 概念的過ぎてなにが出来るのかまったく分からない。


「ええい! もうやけだ! なんでもいい! もし願いを反映して剣を作るなら僕が大事に思ったものを守れるような力をもたらすものをくれ!」


 アナウンスの曖昧な説明に匙を投げた僕はやけくそになって叫ぶ。


「了解しました」


 そんな僕とは対照的に僕の要望を聞いたアナウンスは無機質に答える。アナウンスが答えると同時に僕の右手には一振りの片刃の剣が握られていた。色は紅と黒を貴重にしていて少し禍々しい雰囲気が漂っている感じがする。


「う、うわ!? いつのまにこんなものが……! まあいいや、今は和泉さんを見つけて助けにいかないと……」


 いきなりのことに僕は戸惑いつつも現れた剣を握りしめて和泉さんがどこにいるかを確認する。


「……見つけた!」


 彼女は今サイクロプスの目の前にいた、そして恐ろしい一つ目の巨人は巨大な棍棒を彼女目掛けて振り下ろそうとしていた。


「和泉さん……!!」


 彼女が今まさにあの一つの巨人に殺されようとしている光景を見た僕は後先考えずに駆け出していたーー。



「目の前で見ると本当に大きいね……」 


 私ーー和泉神楽の目の前には隠岐くんがサイクロプスと呼んだ一つ目の大きな巨人が立っていた。


 私は隠岐くんを逃すためにこの一つ目のモンスターを引きつける役割を請け負った。請け負ったと言っても自分で勝手にやったのに近いけど。

 いざそのモンスターを目の前にすると体の震えが止まらない、歯の噛み合わせもおかしくなってガチガチと音がなる。

 

 なんでこんな役割を引き受けたんだろう? 冷静になったら自分でもこんな恐ろしいモンスター相手にどうして囮の役割をやろうと思ったのだろうか。本当にどうかしている。


「でも仕方ないよ、だって親しい人が死んだりするのはみたくないんだもん」


 自分に言い聞かせるように私は独白する。結局のところ理由なんてそんなものだ、高校生の私が人を助けるのに小難しい動機なんてあるわけない。

 彼は私のことをきちんと見てくれた唯一の人だ。皆は私のことを優しい人とか天使だなんていうけど単に優しくしておいたら人間関係がうまくいくからそう振る舞ってるだけだ。決して人格が優れているからそうしているわけじゃない。他人から悪く見られて人間関係からはぶられるのが恐ろしいだけの普通の女子高校生だ。

 そんなふうに振る舞っているから心を割って話せる人間なんてそれほど多くはない。普段の生活でも休日は一人で過ごしていることが多いし、他人と遊ぶようなこともあまりない。

 そんな私が隠岐くんと親しくなったきっかけはなにげないことだ。彼が丹波くんに絡まれて喧嘩をした時、私がいつも通り打算的な優しさで気を遣って声を掛けたのだ。その時に彼に私はあることを尋ねた。


「ねえ、なんで喧嘩なんてしたの? 彼に勝てないのは分かってたよね、なんで……」


 丹波くんは入学した時から皆に問題のある人間として扱われていた。だから皆彼になるべく関わらないようにしていたし、彼に絡まれたら黙って従っていた。

 彼は私の質問を聞いてしばらく黙っていたけどやがて口を開いて答えた。


「だっておかしいことにおかしいって言わないと最後の意地とかもなくなりそうだから。僕はスキルも持ってない人間だからただでさえスキル持ちの人間からは冷たい扱いを受ける。力あるものがないものをいじめるのは仕方がないのかもしれないけど……人としておかしいこともおかしいって言えないようじゃ最低限の尊厳もなくなりそうでさ」


 まあ、一番いいのは尊厳を守れるような力があることなんだけどねと彼はその後も笑いながら付け加えた。私は彼のその考え方を凄いなと思ってしまったのだ、だって正しいことを行うのは力があっても難しいから。私は力がなくてもそんなふうに行動できる彼に興味を引かれた。

 それから私と隠岐くんは交流を始めた。今ではよく話す仲になっていて大事な友人だ。だから今回の行動は単に友人を助けるという私が正しいと思った行動をしているだけ、かつての彼のように。


「でもやっぱり怖いものは怖いなあ」


 体の震えは収まってくれないけれど囮の役割はこなさないと。


 私は1つ目の巨人を見上げ、どうやったらこいつを引きつけられるか考える。やはりこのモンスターの目の前を攻撃をかわしながら逃げ回るのが一番いいか。

 私が考えているのもおかまいなしにサイクロプスは持っている棍棒を振り上げて私に振り下ろそうとしている。まずい、かわさないと……!!

 サイクロプスの攻撃が私に振り下ろされた時、私と1つ目の巨人の間に割って入る影があった。


「え……?」


 私と棍棒の間に割って入った影はサイクロプスの棍棒を吹き飛ばす。1つ目の巨人は自分が力負けすると思っていなかったのか棍棒が吹き飛ばされた時に目を見開いていた。

 私も守った影はそのまま私の目の前に降り立つ。その手には一振りの紅と黒の色を基調とした剣が握られていた。

 その剣の持ち主は私のよく知っている人だ。


「隠岐……くん……?」






 






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