第36話

「はあ……」


 僕は深く溜息をつく。今、僕はとぼとぼと歩きながら学校へと向かっていた。

 自分でも情けなく思うが少しづつ自分が変わっても学校が嫌なのは今だに変わらない。


(ギルド本部の皆や和泉さんに会いたい……)


 心の底からそう思っているせいで学校へ向かう僕の足は重くなっていた。


「あっ、隠岐くん」


 声をかけられたため、そちらを見る。


「和泉さん」


 そこには和泉さんが立っていた。彼女は足早にこちらに向かってくる。


「おはよ」


「おはよう」


「どうしたの? 朝早いのにそんなに疲れた顔して?」


「学校へ向かうのが気が重いんだ」


 和泉さんという親しい間柄の人間と話しているせいか僕はつい自分の気持ちを正直に話してしまう。


「学校に行くのが嫌な理由ってやっぱりBくんと会うのが嫌だったりする?」


「うん」


 やはり学校へ行くのが嫌な理由は丹波くんが一番だ。彼は不知火さんに叩きのめされた後、しばらく学校に来ていなかったけど最近復帰していた。

 不知火さんにやられる前に僕が彼が殴り掛かってきたのを受け止めたせいか前みたいに直接僕に手出ししてくるようなことはしなくなった。ただ学校で会うと常に敵意の籠もった目線を向けてくるため、ある意味前より面倒くさくなっている。


「前みたいに直接的に暴力を振るってくるならまだやりやすかったよ。でも今みたいになにもせず敵意だけ向けてくるような状態はこっちとしても精神的にきついものがあるんだよね」


「あー、なるほど」


 和泉さんは僕の説明を聞いて納得したみたいだった。苦笑を浮かべて僕の話を彼女は聞いている。


「確かに直接的な行動に出てこないで敵意だけ向けられるのってやりづらいよね……」


「うん、凄く。だから学校へ行きたくないなってなっててさ」


「……でも今は堂々としてたほうがいいかも」


「どうして?」


「丹波くんが学校にいない間、噂が広まっちゃってね。隠岐くんから聞いた話だと彼、不知火さんに一方的にやられちゃったんでしょ。取り巻きの人達がそのせいで彼を見限ったみたいでさ、そのせいで彼から人が離れていったみたい。今は前ほど皆も彼を怖がっていないよ」


「そ、そうなんだ……」


 今だにクラスメイトとあまり話さないせいでそう言った情報には疎い。こういったところも改善していかないと。


「それに……」


 和泉さんはじっと僕のことを見てくる。僕の顔になにかついてるかな……?


「今の君なら彼とたとえ本気で喧嘩したって負けないと思うよ」


「……それは」


 和泉さんの言っていることは多分正しい。前回彼に殴られそうになった時、僕の目には彼の動きがゆっくりに見えた。あんなふうに見えていれば対処は容易だ。それに彼のパイロキネシスもスキルキャンセラーがあればおそらく対応できる。


「でもなるべく騒動は起こしたくない。なにもないのが一番だよ」


 確かにこのスキルについてもっと試したいとか強くなりたいって気持ちがあるのは事実だ。だけど人とわざと揉めてまでそんなことをしたいとも思わない、丹波くんなんて嫌な人間なのだから本来関わらないでいいなら関わりたくもないし。


「それは、そうだね」


 和泉さんは僕の説明を聞いて納得したようだ。


「でもあんまり彼を畏れる必要もないと思うよ。だから元気出して」


 笑顔で僕を励ます和泉さん、可愛い女の子の笑顔で自分の気持ちが上向くのが分かる。我ながら単純だな。


「ありがとう。なんか情けないな、和泉さんに励まされてばっかりだ」


 僕がお礼を言うと和泉さんは照れくさそうに笑った。


「別にいいよ、私も隠岐くんの力になれて嬉しいし」


「うん、なんというか変に考えるのはもうやめにするね。切り替えていくことにする」


「それがいいよ」


 それから学校までは和泉さんと楽しく談笑しながら向かった。



「おい」


 お昼休みに食事を食堂で食べていると声をかけられた。僕が聞きたくない不快な声。


「無視すんなや、ああ? お前に話しかけてんだぞ、隠岐」


 僕が無視して食事を続けたことに丹波くんはかなり苛立っていた。周りの人間が何事かとこちらに注目し始めた。


 最悪だ、なんでこいつはいつもタイミングの悪いところで僕に話しかけてくるんだ。


「……なに?」


 彼とはなるべく関わり合いになりたくないと和泉さんと話した矢先にこれだ。本当にろくでもない、適当にごまかして乗り切れればいいけど。

 僕は彼の周囲を確認する、いつもはいたはずの取り巻き達が今日は彼の周りにはいなかった。どうやら和泉さんが言っていた彼が取り巻きに見限られたっていう話は本当だったらしい。


「てめえ、本当に調子に乗ってんな。俺がわざわざ話しかけてんのに無視しやがって」


 丹波くんが相変わらずの口調で僕に話しかけてくる。げんなりするけど冷静に対処しよう。


「なに? なにか用なの? ここは食堂だし、そんな大声で話しかけるのはやめて欲しいんだけど」


「知るかよ、俺がてめえをいじめたいと思って話しかけるのに場所は関係ねえ」


 なるべく感情的な声音にならないように言ったが彼は聞く耳を持たない。まいったな、やっぱりこうなるのか。


「そんなむちゃくちゃな論理はないよ。お願いだからここで大きな声出すのはやめて」


「俺に指図するんじゃねえ!」


 僕に諭されたのに腹を立てたのか丹波くんはいきなり怒鳴って殴り掛かってきた。まさかいきなり殴りかかってくるとは、なんとなくこうなることも考えてはいたけど。


「結局こうなるのか」


 僕は嘆息しながら彼の拳を受け止める。やはり彼が殴ってきてももう怖くもなんともない、簡単に対処できるものに恐怖など感じようもないのだから。


「!?」


 僕に拳を受け止められた丹波くんは驚きの表情を浮かべていた。


「ねえ、僕言ったよね。やめてって」


 意図的に声音を低くして脅しつけるように彼に話しかける。こうでもしなきゃ彼は止まりそうになかったからだ。


「ぐっ……!?」


「お願いだからこれで引き下がってくれないかな? じゃないと僕もそれ相応の対応をするよ」


「てめえ……何様のつもりだ……!」


 なおも言うことを聞こうとしない丹波くん、僕は彼の拳を握った手に力を込めた。


「痛え……!」


「お願い、これ以上はやめて」


 痛みに耐えられなくなったのか彼は僕から距離をとった。敵意の籠もった視線を僕にぶつけてくる。


「くそっ……陰キャのくせに生意気な……」


「……分かった、そこまで僕のことが気に食わないなら」


 限界だった、これ以上彼に好き勝手されないように僕は覚悟を決めて言い放つ。


「どっちが強いかはっきりさせようよ、丹波くん」

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