第38話

「そこまで」


 訓練場に不知火さんの声が響く。丹波くんは完全に意識を失って地面に倒れていた。


「あちゃー、完全に伸びてる。君も派手にやったねえ」


「派手にやったというか二度とこういうことが起きないようにきちんと実力差を見せただけです」


「あはは、言うなあ。まあこの手の人間はそうしておかないと後でまた変なことをしでかすっていうのは確かだからね。君もお疲れ様、こんな人間に絡まれるてたとか不幸でしかないよ」


 不知火さんは僕を労うような言葉をかけて医療のスタッフを呼んだ。


「ま、君も今日はゆっくり休みなよ。面倒事は一応片付いたんだしさ」


「はい、そうさせてもらいます」


 あれだけ自分を苦しめてきた相手をこんなに簡単に倒せてしまったのは自分でもびっくりしたけど、とりあえず嫌なことの一つから解放されて心が楽にはなった。


「隠岐くん」


「和泉さん」


 戦いを見守っていた和泉さんが僕に駆け寄ってくる。


「お疲れ様、不知火さんも言ってたけど本当に災難だったね」


「うん、でもこれで彼が僕に絡んでくることはもうないと思うからほっとしてる」


「確かにここまで一方的にやられると手を出そうとは思わないよね」


 和泉さんは苦笑いしながら気絶した丹波くんを見る。その瞳にはどこか哀れみの感情が含まれているようだった。


「なんとなく……可哀想な人だなって思っちゃった。取り巻きにも見限られて自分より弱いと思っていた人にも負けて。今の彼にはなにも残っていないようなものだから」


「うん……そうだね」


 僕に彼が負けたことはその内学校でも広まるだろう。そうなったら彼はかつてのように好き勝手は出来なくなるだろうな。まあ、僕も哀れみを覚えはするけど彼に同情する気は一切ない。


「まあでもこれは彼の身から出た錆みたいなものだから。僕らが彼のことを気にする必要はないよ」


「うん。私も彼のことは嫌いだったし、行動もあれだったから今回の結末は当然だと思うよ」


 和泉さんはきっぱりと言いきる、どうやら彼女にとっても彼はいい人間ではなかったらしい。


「おーい、二人とも」


 不知火さんが話している僕らに呼びかけている。さっきまで倒れていた丹波くんの姿はもうない、どうやらギルドの医療スタッフがもう連れて行ったみたい。


「リーダーが皆が揃っているなら一緒に食事でもいこうかって提案してるけど二人はこの後用事とかある?」


「いえ、僕はないです。和泉さんは?」


「私もないので一緒に食事に行きたいです」


「よし、じゃあリーダーに連絡するね」


 不知火さんはそう言ってチャットアプリで岩代さんに連絡を取り始める。


(なんというかこの状況が数ヶ月前の僕からしたら天国みたいな状況だよな)


 数か月前の僕は丹波くんにひたすらいいようにされてこんなふうに一緒に食事をするような人達も周りにいなかった。今はスキルを手に入れたおかげで自分自身の状況がとてもよくなっている。あれがなければ僕の状況はここまで好転していなかっただろう。


(どうして目覚めたかまでは分からないけど本当にスキルが目覚めてくれてよかった)


 授かったスキルに感謝しながら僕は今の幸福を噛みしめていた。あれだけ自分を苦しめていた丹波くんのことはもう頭から抜け落ちていた。



「ここは……」


 白い天井が視界に入ってくる。丹波は周囲を確認するがここがどこかは分からない。


「っ……!」


 体中が痛い、意識を失う前の記憶が蘇ってくる。あの弱々しいあいつに自分が一方的に叩きのめされる記憶、自分のスキルが一切弱いはずのあいつに通用しなかった。


「なんなんだよ……!」


 拳を握り締めて丹波は自分の膝を叩く。自分の今の惨めさが彼には受け入れがたかった。


「どうして俺はこんな状況に陥ったんだ……なにが原因でここまで落ちぶれちまったんだ」


 ここ数か月で彼の置かれた立場はまったく逆の状況になっていた。ほんのちょっと前まで彼は誰もが従う強者だったのに、今彼の周りには誰もいない。

 どうしてこうなったかを思い返す。浮かんできたのはある人間の顔。


「今日もいたあの女……あの女に負けてから俺は……!」


 今日隠岐と自分が戦う時、監視役を務めていたあの少女。あの少女に負けた日から丹波の取り巻きは彼から離れていった。


「あんた、思ってたより弱いんすね」


 少女に負けた後、取り巻きの一人からかけられた言葉が丹波の脳裏に浮かんできた。


「……っくそが!」


 悪態が自然と口をついて出る。彼女に負けなければ今でも自分が周りを従えて中心に立っていたのに。


「あの見下した目、思い出しただけで腹が立つ……!」


 今日自分とあったあの少女はあの夜ことを覚えていたのか丹波のことを見て誰か気付いたようだった。しかし彼女は


「君はあの時の不良くんか」


 と声をかけてきて冷ややかな目線を向けてくるだけだった。


「俺は相手にするまでもないってか……」


 実際にそうなのだろう、自分は彼女に手も足も出ずに叩きのめされたのだから。丹波の立場がどうなろうと彼女にとっては弱い者の一人に過ぎないのだろう。


「それにあいつ……あいつはなんであんなにいきなり強くなったんだ」


 忌々しい顔が丹波の脳裏に浮かんでくる。隠岐 遥。ちょっと前までは丹波が一方的に嬲って遊んでいた人間の一人。それが少し前から意味が分からないくらい成長している。


「あいつはスキルのおかげとか言っていたが……いくらスキルでもあんなにいきなり強くなるものなのか……」


 疑問は彼の中で膨れ上がる、が彼が隠岐に負けたという事実が消えないのだ。


「俺があんなやつに……あんなやつに負けるなんて……!」


 まだ圧倒的に強い人間に負けるならいい、だが相手は自分が一方的に虐めていた相手なのだ。そんな相手に一方的にやられ、彼のプライドはへし折られていた。


「……畜生、畜生! 俺がすべての中心だったはずだ! なのにこの状況はなんだ! 使えないと思ったらおもちゃみたいに捨てやがって! 今まで散々俺の取り巻きとして好き勝手にしてきたくせに!」


 気付けば自分を見捨てた取り巻きへの悪態が口をついて出ていた。

今の丹波は自分のプライドを守るために周囲を呪うことしかできない。


「……こんなはずでいいわけがない、こんなはずでいいわけが……。俺はすべての中心なんだ……」


 誰も居ない部屋にすべてに見捨てられた男の哀れな言葉が木霊した。

 

 

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