第13話

「今日は本当にありがとう。いきなり学校に押しかけた私の話を聞いてくれて」


 不知火さんの探索者になってパーティーに加入して欲しいという申し出を了承し、僕と彼女はカラオケボックスを出てすっかり日が暮れた街を歩いていた。


「いえ、まあ最初は正直一体この人はなんなんだとは思いましたけど」


 いきなり面識のない美少女が押しかけてきたら誰だってそう思うだろう。


「酷い言いようだね! まあそう言われても仕方ないけどさ」


 不知火さんは僕の言葉に突っ込むけど笑いながら流す。こういうことを言われ慣れているのだろうか?


「でも僕のことを必要と言ってくれたのは嬉しかったですよ」


「そっか。うん、今日は君の了承もとれたし時間も遅くなってるからここまでにしておいたけど……後で予定が空いてる日を教えてね。ギルドに入るにあたって必要なこととかも説明したいし、私のパーティーのメンバーにも君のことを説明したいしさ」


「分かりました、後で都合のいい日を連絡しますね」


「うん、よろしく」


 そのまましばらく二人で話をしながら歩く。不知火さんは話上手で喋っていてとても楽しい人だ。性格も明るいのできっと人からも好かれるんだろうな。


「ああ、隠岐じゃねえか」


 突然聞こえた声が楽しい時間を台無しにする。何度も耳にしたこの深いな声は……


「丹波くん……」


 僕の視界の先には丹波くんとその取り巻きが立っていた。こんなところで鉢合わせるなんてなんて間の悪い……!! しかも今は不知火さんと一緒にいるのに。


「てかお前めっちゃ美人と一緒にいるじゃん? 誰だよ、その女。今朝は和泉といちゃついて夜は別の女とよろしくやってるってか。お前なかなかのやり手だなあ」

 

 丹波くんのからかうような言葉に僕は心の底から不快感を覚えた。僕の内心など気にせず丹波くんは取り巻きと共にゆっくりこちらに歩いてくる。


「陰キャのお前がいつのまにそんなに女を囲ったんだよ? まあいいや、そんなに遊ぶ女に困ってないんなら俺らに譲ってくんね?」


 丹波くんはへらへらと下卑た笑いを浮かべながら僕の語りかけてくる。


「……この人は僕の女ではないし、遊び相手でもない。そういった発想しかできないのか君は」


「あ? お前今朝からなんか調子に乗ってるんじゃねえのか? お前が俺様に逆らっていいと思ってんのか。やっぱ一回締めねえと分かんねえか」


「なあ、お前がそいつ相手にするんなら俺らはこの女と先に遊んでるぜ」


 取り巻きの言葉に丹波くんはにやりと笑う。


「ああ、俺はこいつを分からせてからその女と遊ばせてもらうぜ」


 丹波くん達はこちらを完全に舐めきっている会話をしてから不知火さんと僕に手を出そうとしてくる。まずい、不知火さんに危害が出るのは絶対に避けないと!


「はあ」


 誰かの溜息が響く、それは不知火さんのものだった。


「不知火さん……」


「ほんと最悪。君と楽しく話せていい時間を過ごせていたのにこんなろくでもない奴らのせいで一日が台無しだよ」


 その声は心の底から怒りが滲んでいた。僕は怒った不知火さんの雰囲気に思わずたじろいでしまう。


「おい、女。今言ったことは忘れてやるからさ。俺らと遊ぼうぜ、そんな奴と一緒にいるより絶対楽しいからさ」


 丹波くんの取り巻きは不知火さんの言ったことを無視して彼女に近付き触れようとした。


「がっ!!」


 しかしその手が彼女に触れることはなかった。彼女に触れようとした丹波くんの取り巻きはなぜかその場から吹き飛ばされ地面に叩き付けられた。


「なっ!!」


「おい、お前ら。一体なにやってるんだよ」


 丹波くんの取り巻き達は仲間に起きたことに驚き、不知火さんから距離を取る。僕のほうに気を取られていた丹波くんも取り巻き達の慌てように不知火さんのほうに注意を向ける。


「い、いやこの女に触れようとした奴がいきなり吹き飛ばされて地面に叩きつけられたんですよ」


「なにやってやがる。女一人に情けない、さっさと取り押さえろや」


 丹波くんは仲間の取り巻き達の怯えように苛つきながら取り巻き達を叱咤する。が、先程仲間の一人を叩き付けられた取り巻き達は怯えて動かない。


「ねえ」


 不知火さんの冷たい声が辺りに響く。丹波くん達に対する不快感を隠そうともしていない。


「さっきからこいつらに指示してるあんた。あんたは私にかかってこないの? 取り巻きに指示を出してるだけであんたは私の相手をする勇気がないんだ」


「……あっ?」


 不知火さんそんな挑発するようなことを言わなくても!! 


 不知火さんから屈辱的な言葉をかけられた丹波くんは額に青筋を立てる。ああ、やっぱり怒らせてるじゃん!


「女、てめえ黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって」


 丹波くんは怒りを露わにして不知火さんに迫る。彼の右手には火球が形成されていた。大きい……! あれに当たったらただじゃ済まない!


「俺をこけにしてくれた罰は必ず受けさせる。覚悟しろ」


「へえ、それパイロキネシス? なかなか使いこなせてるみたいだけど」


「ご名答。今更許してくださいなんて言うのはなしだぜ! この俺が直々に相手してやるんだからな!」


 丹波くんは本気だ。あの火球を不知火さんにぶつけるつもりだろう。

 彼はあのシンプルだけど強力な能力でクラスでも好き勝手しているのだ。


「不知火さん、逃げて! あれに当たったらただじゃすまないよ!」


 僕の警告にも不知火さんは動じない。不敵な笑いを浮かべて僕に微笑んだ。


「大丈夫、私これでも強いから。すぐに終わらせるよ」


 自信たっぷりに言い放った不知火さん、丹波くんはその様子を見て顔を不快感に歪ませる。


「……舐めてんじゃねえぞ!!」


 切れながら火球を投げつけてくる丹波くん。


「まあそこらへんの人間ならこれで終わるんだろうけどさ。あたし相手にこれって舐められたものだよ」


 呆れたような不知火さんの言葉と同時に火球が彼女の目の前で止まる。


「なっ!?」


「ほらこれはあなたに返すよ、それ!」


 止めた火球を逆に丹波くんに向かって放つ不知火さん。丹波くんは慌てて火球を消した。


「もういいかな、あんまりあんたと会話したくないから終わらせるね」


 不知火さんはゆっくり歩いて彼に近づいていく。丹波くんは彼女に向かって炎を放つが不知火さんには当たらない。


「な、なんで焼き払えない……!」


「そんな単調な攻撃があたしに効くわけないでしょう。うーん、やっぱり君はそこそこの強さでしかないね。パイロキネシスの能力者なら私も知ってるけどあんたはその人に遙かに及ばない。ああほんとにつまらない時間を過ごした」


 不知火さんの感情を含んでいない言葉と共に丹波くんの鳩尾に拳が叩きこまれ、彼はその場に膝をついて意識を失った。


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