第18話 丑三つ時の初陣 3

 俺は、校庭の真ん中にひとり、取り残されて拳を握った。


 理解した。どうしてあの夜、ざくろさんを助けなければならない、助けたいと思ったのか。


 彼女は俺と、とても似ている。

 鼓動とともに伝わってくるのは、あまりに悲しい思考だ。


 自分に価値を認められない。だから自分のことなんてどうでもいい、他人の役に立ちたい。

 こちらを見てもくれない、不特定多数の他人を守る。目的を果たすためならいくら傷ついたって構わない。他人に認められたことがないから、いつだって認められるに足りる自分を探している。認められたいから、命だって捨ててもいい。


 鬼切ざくろは、誰にも認められることがなかった。


 俺に助けられた程度のことで、自分の心臓を分けるほどの恩義を感じた理由。頭を撫でて褒められただけで、あんなに赤面するほど喜んだ理由。距離が、心臓を分け合ったのを抜きにしても最初からあんなに近かった理由。


 俺が、鬼切ざくろを初めて見つけたからだ。彼女を助けたのも褒めたのも、俺一人だったからだ。鬼切ざくろは、おそらく初めて『自分には存在価値があるのではないか』と思ったのだ。


 彼女のために命を投げ出したときの、俺と同じように。


 鬼切ざくろも、黒羽聖司も、ずっとずっと独りきりだったのだ。

 

  奥歯を噛み締める。


「ああ、全く。全く、どうしようもないほどクソッタレだ」


 俺は、怒っていた。彼女をここまで独りきりで戦わせた『旦那様』とやらに。


『使命』のために自分をどこまでも彼女を粗末にさせる『機関』に。


 なによりこの世界に。


 ざくろさんに、自分には戦う以外になにもないなんてことを思い込ませている、全てに激怒していた。


 拳を天高く掲げる。渾身の力を込めて、叫ぶ。


「こんな世界も、空想怪異も、まとめて糞食らえだ。ドブ野郎どもが」


『そうだ相棒、それでいい。俺の名前と力、くれてやる』


『葬儀屋』の声がする。


「ああ、そうだ。全部寄越せ。俺はお前でお前は俺だ。お前の全てを、俺に寄越せ! 俺は、ざくろさんを助ける! 助けて、繋ぎ止める! 来い、『聖母様の中指レディ・ザ・インバーテツドクロス』!」


 白い雷が、右手の中指にはめた指輪に落ちる。衝撃で校庭の土が舞い上がった。土煙が広がる。


「聖司!?」


 ざくろさんが、慌ててこちらへ駆けてくる。もうもうと立ちこめていた土煙が晴れた。


「大丈夫だ、ざくろさん」


 一歩、前に踏み出す。俺の右腕には、多数の装飾が施された、西洋風の白い棺桶が装着されていた。


 彼女の背後を狙っていた人喰い桜に向かって、走る。


 戦力外だと思っていた俺の行動に面食らったのか、人喰い桜はおろおろとした様子で動かない。隙だらけだ。逃がしてたまるか。接近し、棺桶を変形させ、アームを出してそいつを固定。


「今までよくも好き勝手やってくれたな、肉マネキンクソ野郎が」


 逃げられないように固定した人喰い桜に思い切り悪態をつく。


「ブチ抜いてやる、ドグサレ野郎!」


 俺は棺桶の射出口を開け、人喰い桜を白い杭で貫いた。貫かれた空想怪異は、黒い塵になって消える。


 死んだ。俺が殺した。案外、あっけないもんだ。


 俺の異能は、杭ではない。正確には、杭そのものではない。


 相手を捕らえて杭で抉り抜く、または繋ぎ止めるための棺桶型戦術杭打機パイルバンカー


 俺の、精神。人生で、本質。

 俺の異能であり、『葬儀屋』の、もう一つの姿。


 名前は、『聖母様の中指レディ・ザ・インバーテツドクロス』。


 駆け寄ってきたざくろさんが、目をまんまるに見開いて驚いている。


「聖司、それ……そんな、戦闘向きの、異能……」


「かっこいいだろ? 『聖母様の中指レディ・ザ・インバーテツドクロス』っていうんだ。『やるか、やらないか』なら、俺は『やる』よ、ざくろさん。一緒に、戦ってくれ」


 俺は、にやりと笑ってみせる。ざくろさんもぱあっと顔が輝いて、笑顔になる。


「うん……うん! かっこいい! よーし、やろう聖司! わたしも負けないからね!」


「よっしゃ、やったりますか!」


『初月』を迎える、つまり異能を発現させるための修行で、俺は七二時間以上、一〇〇〇を超える『白い葬儀屋』を殺してきた。多数対少数の戦いには、少しだけだが慣れている。


『俺もいるぜ相棒。忘れんなよ』


『葬儀屋』が空中に座って、黒い傘をくるくると回す。ああ、フォローよろしく頼むぜ。


『任せとけ。俺がもう一つの目になってやるよ』


 別人格である『葬儀屋』とは、視点の共有が可能だ。主人格の俺が見落としているところを、『葬儀屋』から俯瞰してフォローしてもらう。人間の精神としては破綻しているが、こういう応用のしかたもあるのだ。


 俺とざくろさんは、自然と背中合わせになった。この体勢が一番相手をフォローしやすく、隙も突かれにくい。


 周囲を囲むのは、ざくろさんが多少倒したとはいえ五〇近くいる人喰い桜。肉の柱にマネキンの顔と手脚をわさわさと茂らせている。気持ち悪いが、恐怖はない。


「いこう、聖司」


「ああ、ざくろさん」


 俺たちは同時に校庭の地面を蹴って、反対方向に向かって駆ける。


「やれ、『聖母様の中指レディ』!」


 小さめの杭を人喰い桜に近づきながら多方向に射出して牽制しつつ、一体ずつ近寄って至近距離から固定。大きい杭をブチ込んでトドメを刺す。


 ざくろさんは日本刀『あやきり』を複数召喚して死角の敵に対応しながら、近接戦に持ち込んで人喰い桜を斬り殺す。


「お、りゃあぁぁ!」


 彼女が吠えて、もう一体を塵に変える。陰に潜んでいたもう一体の人喰い桜が、ざくろさんに向けて腕を伸ばしてくる。


「! しまっ、やられ――」


 どくん、と繋がった心臓が彼女の危機を伝える。


「させるかアホがッ!」


 ざくろさんの思考が伝わってくると同時、俺はそちらへ大型の杭を射出。潜んでいた一体の体勢を崩し、ざくろさんの刀でそいつも塵になる。


「聖司!」


 次の瞬間、俺の背後に迫っていた人喰い桜を彼女が一足飛びで斬り倒した。俺とざくろさんは、また背中合わせになる。


「ありがとう、ざくろさん!」


「どういたしまして、こちらこそ!」


 再び、それぞれの標的に向かって走る。俺の隙はざくろさんが、ざくろさんの隙は俺がフォローする。


 嬉しかった。俺がいれば、彼女を独りきりで戦わせずにすむ。なにもかもを背負いすぎて頑張りすぎるのが当たり前の女の子を、助けることができる。勝手に命を捨てた俺に心臓を分けてくれた鬼切ざくろを、死なせずにすむ。これ以上、彼女に自分を粗末にさせずにすむ。


『本当にそれだけか? なあ、黒羽聖司』


 空中に脚を組んで座っている『葬儀屋』が意地悪く話しかけてくる。うるせえな、忙しいんだ。今は戦況を俯瞰することだけに集中してくれ。お前の皮肉なら、後でいつでも聴いてやるさ。


『はいはい、わかったよ。よく見ろ、右の陰から敵が来るぞ』


「! 隠れてるつもりかダボがぁ!」


 俺は『初月』を迎えたばかりの異能、『聖母様の中指レディ・ザ・インバーテツドクロス』という名の棺桶型戦術杭打機パイルバンカーを構え、人喰い桜を貫いた。


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