第33話 休息、暗転 2

 水木駅ビルで、ざくろさんの服選びは続く。一〇代がターゲットの女性向け洋服店で、あんこさんがスカートとパンツを両手に持ち、彼女に問いかける。


「御嬢様。こちらとこちらでしたら、どっちがお好みでいらっしゃいますか?」


「うーん……どっちが戦いやすいかなぁ……」


「服装選びの基準を『戦いやすさ』に設定しないでくださいまし……」


 あんこさんが、わかりやすく意気消沈してしまった。洗われているときみたいにしょんもりしている。


 ざくろさんの頭の中は、ほぼ全て『戦うこと』で占められてしまっている。それもこれも『旦那様』もとい『パパ』が原因だが、今は置いておこう。


 あんこさんに至っては元々が人工愛玩猫ホニヤンクルスだ。猫さんであるゆえに、そもそも服を着ない。


 俺は、本格的に動くことにした。


「ざくろさん」


「ん、なに? これ、聖司が着るの?」


「サイズが合わないよ……えっと、ちょっと待ってて」


 俺はレディースの服を一通り物色し、彼女のもとへ戻ってくる。


「このショートパンツなら動きやすいと思う。で、色が青だから……トップスは、この白いブラウスがいいかな。五分袖だし、シルエットも合うはずだ。中にはこのショート丈のキャミソール、着てみて」


「う、うん、わかった」


 試着室のカーテンを閉めるざくろさんを見送り、俺はあんこさんを連れて次の服を選ぶ。


「パンツスタイル……スキニージーンズとワイドパンツなんかも、最低二、三本ずつあったほうがいいな。スカートも絶対似合う。どっちが好みかにもよるけど、ロング丈とショート丈、両方着てほしいところだ。ワンピースもいい。あとは靴と化粧品。あんこさん、ざくろさんってヒール履いたことある?」


「は、はあ……いつも制服にローファーでいらっしゃるから……ちょっとわかりませんわ……」


 ハンガーに吊された服を見定めながら、脳内でビルの地図を展開する。


「このビルにある若者向けの服屋で片っ端から洋服を見たら、靴屋に行って合わせやすい靴を何足か買おう。いつものローファーも靴底が剥がれかけてたし、買い換え時だ」


 あんこさんが金色の瞳をまんまるに見開いて、口に両手を添えて俺をまじまじと見る。


「どうしたの? あんこさん」


「いえ……聖司がこれほど女性向けふぁっしょんにお詳しいとは、少し意外でしたの」


「こんなこともあろうかと、提案してからずっと予習してたんだよ」


 だいぶ前、ざくろさんの入浴中に『ざくろさんにも対価を受け取る権利はある』とあんこさんと話した。命懸けで戦って生活費のみって、どんなブラック企業でもやらない。説明すると、あんこさんはすんなりと納得した。


 しかし、彼女は『みんなを守るために死ぬ』ことを当然のように受け入れている。報酬など、受け取ろうともしないだろう。だからこその、『服選びデート』である。


 デート、デート……自分から言い出したこととはいえむずがゆい。けれど、彼女をこの世に繋ぎ止めておくために、必要なことの一つだ。ざくろさんが少しでも余裕を持てるように、ゆくゆくはきっちりと働いたぶんの対価を受け取れるようにと、あんこさんを通じて『旦那様』と交渉した。『旦那様』からはすぐさまOKが出た。


『あれだけ自分に無頓着だったざくろちゃんが普通の服を着てくれるなんて! ありがとう! 化粧品なんかも買ってあげてくれないか? ついでだ、君も身なりを整えてくれ。多めに予算を組んだから』との伝言とともに提示された予算は、どんぶり勘定ではあったものの、家が一軒建つほどのものすごい額だった。俺は頭を抱えると同時に、この親代わりの『旦那様』とやらも彼女の無頓着さに悩んでいたと知った。


 『服を買う』というだけでこれだけの予算を提示する。なるほど、対価を支払う準備があるということだ。交渉の余地は充分にある。それはそれとして一発お見舞いするのは決めているが。


 ざくろさんは普段こそほんにゃりふわふわしているが、真性の狂戦士バーサーカーだ。


 普段着を俺のTシャツ一枚で過ごしているし、シャンプーも俺が選んだ。基礎化粧品すら使わない。服装やらお洒落やらに無頓着すぎる。無頓着でもものすごい美少女なのが恐ろしい。


 彼女は、自分を大事にすることそのものに興味がないのだ。


 こんな経緯があり、俺は彼女の入浴中や授業の合間に女性向けファッションやスキンケア、化粧の知識を集めはじめた。


『旦那様』とやらは俺の服なども買ってくれるというし、基礎化粧品や日焼け止め、新しい夏物の服くらいは俺も欲しい。


 ところが、女性向けファッションについて勉強しているうちに俺まで楽しくなってしまった。


 ざくろさんは芸能人でも敵わないほどの、めちゃくちゃな美少女である。なにを着せても似合うに決まっているが、どうせならその美貌を引き立てる服や化粧品を選びたい。パーソナルカラー、骨格、服のシルエット、スキンケア用品、化粧品、とにかく俺は情報を集めまくった。


 時代が時代なら、本屋で大量の女性向けファッション雑誌を購入する不審な男子高校生が爆誕していたところだ。令和にインターネットがあって、本当によかった。


 そんなわけで俺は、並々ならぬ気合いを入れて今日の買い物にのぞんでいる。


「あんこさん。ざくろさんに着せる服と化粧品なら、俺に任せてくれ。最高に似合うものを選んでみせる」


 ぐっ、とあんこさんに向けて俺は親指を立てた。


「なるほど……頼もしいですわ。これなら、旦那様から頂いたもう一つの御役目も果たせそうですわ。『ざくろちゃんの可愛い姿を写真に撮って送ってね』と言われて、操作は一通り覚えてきたのですが……」


 あんこさんはスーツの内ポケットから最新式のスマートフォンを取り出した。わざわざこのために新しく契約したのかよ。カメラの性能が下手なデジタルカメラより高い、ハイエンドモデルである。


「わかった。上から下までトータルコーディネートしよう。なんなら、アクセサリーなんかも選んでみるか……ざくろさんの、親代わりの人なんだろ? 離れて暮らしてる娘が可愛い格好してたら、嬉しいだろうしな」


 俺の『旦那様』に対する感情は置いておいて、あとで写真を送ってもらおう。


「聖司!」


「ああ、やろう! あんこさん!」


 がしっ。俺たちは右手を出し、固く握りあった。


「あのー……聖司、あんこ」


 試着室のカーテンが、恐る恐るといった様子で開く。


「大丈夫? 変じゃあない? すっごく落ち着かないんだけど……」


 五分袖で、白い透け感のあるブラウス。インナーにはショート丈のキャミソール。ショートパンツという格好のざくろさんが、もじもじしながら立っている。


「最高。超似合ってる。可愛いよ」


「最高ですわ、御嬢様」


 俺はぐっと親指を立て、あんこさんは早速スマートフォンで撮影に勤しんでいる。


「えぇ……」


 彼女は明らかに困惑しているが、ざくろさんは自分の素材のよさを解っていない。店内の客が「え、モデル? 芸能人?」「可愛いんだけど、なんで一緒にいる男は目が死んでるの?」とざわついているレベルだ。目が死んでて悪かったなこの野郎。


「じゃあ、次の服着てみようか。このワンピースなんか春夏通して着られるし、ざろさんに似合うと思うんだけど」


「まあ! いいですわね!」


「またぁ!?」


 彼女が不満の声を上げる。俺はぷー、と膨れた彼女の頬を撫でた。


「俺が、ざくろさんに似合う服をたくさん選びたいんだ。ざくろさんは、嫌か?」


「……聖司のそういうとこ、すっごくずるいと思う」


 ざくろさんは少し赤くなったふくれっ面で、俺の手から白いワンピースを受け取った。


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