第34話 休息、暗転 3
時刻は、午後三時近く。俺とあんこさんにより散々着せ替えられ、化粧品売り場の美容部員さんに化粧をほどこされ、数時間。ざくろさんはベンチに座ってがっくりとうなだれていた。
「もうむり……もうむり……つかれた……」
真っ白に燃え尽きている彼女の隣に、俺はドリンクスタンドに並んで買ってきた、冷えたレモネードのカップを持って座る。サイズは最大にしておいた。
「お待たせ。無理させちゃったね。はい、これ」
カップを目の前に
あんこさんはざくろさんと俺の服や化粧品、靴や下着などを見て『これだけの荷物、持ち帰るのは無理でしょう。わたくし、先に帰っておきますわ』と、ちゃっかり購入した猫用おやつやおもちゃ、カツオ節などの私物と一緒に大量の荷物を抱えて家まで転移してしまっていた。
つまり、今の俺とざくろさんは二人きり。
デート、である。デート。うああ、心臓がうるさい。静まれ。伝わったらどうしようこれ。
「ん……なぁに、これ? また着るの? それとも塗るの?」
よかった。伝わっていないらしい。レモネードのカップを見て、彼女はぼんやりつぶやく。
「よっぽど疲れたんだね。ごめんね、ざくろさん。これはレモネードだよ、飲み物。朝から買い物ばっかりで、飲まず食わずだっただろ?」
「れも、ねーど? ……レモネード!?」
ざくろさんの顔がぱあぁっと輝いた。
「いただきます!」
手を合わせると、カップを受け取りストローを咥え、ズズゴゴゴと一気に飲み干す。
「……ぷはー! おいしい! 酸っぱくて甘くておいしい! はー、ごちそうさまでした!」
「よかった。疲れた時にはクエン酸と糖分って、修行のときに言ってたろ?」
「うん! おいしかった! ……おなかすいた!」
ぴょこん、とざくろさんがベンチから立ち上がる。
俺が選んだ白い春物のワンピースに、初めて履いたという赤色のハイヒールを履いて、黒い髪はトリートメントしてもらって艶が増している。薄化粧で、美貌が更に引き立った顔。リップを塗られたつややかな唇に、宝石みたいな紅い瞳。
「…………」
思わず見とれてしまう。心臓の音がうるさい。
「せいじー? どしたの?」
「いや、その……ざくろさんが、あんまり綺麗で」
「きれ、い……?」
ぽふん、と赤くなった彼女の腹から、ぐぎゅるるると盛大な音が鳴った。
「ご、ご飯食べに行こうか! ご飯!」
「そうだね、おなかすいた! 行こう、ご飯!」
俺たちは漂った空気をうやむやにして、レストランフロアに向かうことにした。
★
レストランフロアに向かう途中、女性向けアクセサリーショップにある指輪が俺の目に飛び込んできた。
「これ……」
蝶々の形をした控えめな銀細工に、雫型の紅い石がついている。ざくろさんの瞳と、同じ色。
「お客様、プレゼントをお探しですか?」
女性店員に話しかけられる。
プレゼント。確かに、似合うだろう。プレゼントを贈るような仲か? 俺と、ざくろさんが?
いや。俺は、どこまで自分を誤魔化して生きていく気だ?
「あっ、はい、その、似合うかと思って。この、紅い石が……」
「ああ、ガーネットですね!」
ボブカットを鮮やかな青に染めた店員さんは、楽しそうに応じる。
「和名では柘榴石と言って、深い紅色のものが多いんですが、緑なんかもあるんですよ」
「ざくろ、石……」
「石言葉は『絆の証』といって、恋人に贈るにはぴったりですよ! このデザインも、新作でとても人気なんです。さっきまでいらしたのは、彼女さんですか?」
「え、いやその、ええと彼女とかでは、なくて……さっきまで?」
振り返る。ざくろさんがいない。
そうだ、レストランフロアに向かっていたのだった。迷子!? いや、俺が迷子になった!?
「あの、ひょっとしてお連れ様とはぐれましたか……? 連絡をお取りになったほうが……」
「あああ、ええと、大丈夫、です。居場所はわかります、たぶん」
「そうですか、でもお気を付けてください。ゴールデンウィークで、人も多いので」
「待ってください」
一礼して店の奥に戻ろうとする店員さんを、俺は呼び止めた。いい加減、俺の気持ちを、ざくろさんへの想いを伝えなくては、と思った。
「これ、ください。包装はプレゼント用で」
俺の目を見た女性店員さんは、にっこりと微笑んだ。
「かしこまりました。……きっと、伝わりますよ」
俺は、リボンのついた小さな包みを受け取ってエレベーターへ急いだ。
★
心臓の音がうるさい。ざくろさんの鼓動が伝わってくる。場所はわかる。駅ビルの八階、レストランフロアの、奥のほう。走りたいところだが出来る限り早足で、俺はたどり着く。
「せいじぃ……」
泣きそうな顔の彼女が、立っていた。
「よかったぁ、どっか行っちゃったかと思った……」
「ごめんね、見失っちゃって」
俺はざくろさんの頭を撫でて、彼女が眺めていた店のメニューを見る。色とりどりの果物やアイスが盛り付けられた写真が並んでいた。どうやらパフェの専門店らしい。
「パフェ……?」
「うん、パフェ……食べたことない、から……聖司いないし、待ってた」
「よし、入ろう。すみません、二人で」
「えええ、ちょっと待って、心の準備が」
「お腹空いてるだろ、食べたいものを食べればいいんだよ」
ざくろさんを先導し、窓際のソファ席に案内される。メニューを開いて、彼女に向けた。
「どれがいい? 好きなだけ食べていいよ」
「うえ、え!? でも、聖司、お金とか、いろいろ」
「俺も結構持ってきてるんだ。遠慮しないで」
ざくろさんがあからさまに戸惑う。心臓の音が伝わってくる。迷っている音だ。
パフェに、ではない。選択肢を与えられたことそのものに、戸惑って、迷っている。
(いいのかな)
(わたしなんかが、好きなもの選んでいいのかな)
(どれもきれい、おいしそう、わかんない)
(どうすれば、いいんだろう)
「選んで。ざくろさん」
「……え」
俺は彼女の目を見て言った。
「どれを選んでもいい。全部食べたいなら、全部食べてもいい。でも、なにも選ばないのだけはなしだ。自分で決めて」
「う、うぇぇえ……いいの? 選んで、いいの? 失敗しない?」
「大丈夫。きっとどれも美味しいよ」
「ええと、ええと……じゃあ、この、いちごのやつ」
「わかった。注文するね。セットで飲み物頼めるけど、どうする?」
「あ、じゃあアイスカフェオレ……」
ボタンで店員さんを呼び、注文する。
しばらく経って、とんでもない盛り付けのパフェが運ばれてきた。なんというか、ゲームの敵ボスっぽい。これが『
「うわぁ、すごい、おっきい、美味しそう……いただきます」
「はい、いただきます」
長いスプーンとフォークをたどたどしい手付きで使って、ざくろさんがパフェを口にする。
「……!」
顔が明るくなる。先ほどまでの戸惑いの代わりに、幸せが鼓動と一緒に流れこんできた。
「おいしい……! パフェって、こんなにおいしいんだ! すごい!」
「良かった。ゆっくりでいいから食べよう。せっかくだし他のお店も見て、食べ歩きとかしてみない?」
「する! わたし、いろいろ選んでみたい!」
笑顔で答えた彼女を見て、心の底から幸せだった。そうだ。逃げるのは、もうやめよう。
伝えなくては。俺は、鬼切ざくろという女の子が、好きで好きで仕方ないんだ。
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