第13話 日常と後悔と異能 2
ざくろさんの言葉の意味を考えているうちに、あっという間に放課後になった。
「では、今日のホームルームはこれで終了します。皆さん、気をつけて帰ってくださいね。日直さん、号令お願いします」
私立京極高校にクラス替えはない。一年から担任を務めている榊先生もそのまま据え置きだ。
穏やかな声が響き、教室にざわめきが戻ってくる。
俺とざくろさんが昼食、しかも彼女の手作り弁当を揃って食べている画像はそのまま学校裏サイトというか、いわゆる匿名掲示板の私立京極高校限定バージョンやSNSのグループチャットを爆速で駆け巡ったらしい。
「面倒なことになる前にさっさと帰ろう、ざくろさん」
「了解」
俺の提案にざくろさんは頷く。俺はぼっち陰キャモブだが、『ヤバい奴』と認識されているから誰も近寄らない。ざくろさんはその圧倒的な美少女オーラで、話しかける勇気のある奴なんていない。二人で教室を出てさっさと階段を降りて、校内から出る。徒歩五分の水木駅前まで来れば、帰宅ラッシュの人ごみに紛れることができた。
ざくろさんが、疲れたのかため息をつく。
「面倒だね。明日からどうしようか、聖司」
「普通にすればいいんじゃないか?」
「普通に?」
「そう、普通に。別に俺たちがやましいことをしたわけじゃあないんだし、堂々としていればいい。みんなそのうち慣れるよ」
「そういうものかぁ。そうだ、聖司。夕飯の買い物、付き合ってくれる? 食べたいものとか、ある?」
「うーん。せっかくだしスーパー行ってから決めないか? なんかこういうの、新鮮だな。ずっとひとりで、誰もいない家に帰ってたから」
「わたしも楽しいよ。聖司といると、落ち着く」
「俺もだよ」
久しぶりに、本当に久しぶりに、俺は心から笑った。ざくろさんも、薄く微笑んでくれる。
こういうのを幸せというのかもしれない。ぼんやりと思った。
「――なァ、かわいこちゃん。俺と遊ばねェ?」
低い、けれどはっきりとした若者の声が、すぐそばで響く。
隣に一瞬前までいたはずの、ざくろさんがいない。どういうことだ!?
俺は周囲を見渡し、ざくろさんとそいつを見つける。いかにもチャラい男が、馴れ馴れしく彼女の肩を抱いて頬を寄せていた。
全く気配がなかった。なんなんだあいつは!?
真っ白にブリーチした髪、腕から首までのトライバルタトゥー。年齢は二〇歳前後といったところだろうか。身長は一八〇センチメートルほど、俺と同じくらいだ。筋骨隆々とした分厚い身体を、黒いタンクトップと腰に巻いた白いジャケット、白い革のパンツで覆っている。
見た目は正直、どうでもいい。問題はこの野郎が、ざくろさんの肩を抱いているというクソッタレな事実のみだ。
「誰!? 離して、ッ!」
「いいからいいから。日本刀のかわいこちゃん、私立京極高校の生徒だろ? お兄さんそのあたりに用事があんだよ。一緒に俺の燃え盛るハーレーダビッドソンでドライブといかねェ?」
顔を寄せてざくろさんを離そうとしないどころか、どこかに連れ去るつもり満々の革ジャンチャラ男。ロータリーにはチャラ男のものと思われる、ハーレーダビッドソンが停まっている。
俺の怒りは一気に沸点を超える。近寄って、ざくろさんから男を無理矢理引き剥がした。
「私立京極高校ならそこにある看板を見れば案内が書いてあります。交番だってすぐ近くにある。通報するぞ不審者」
ざくろさんを引き寄せて男を思い切り睨むが、革ジャンチャラ男はむしろ楽しそうに笑った。
「だはは。通報は勘弁だな。んー……そうか。ガキンチョ、いいバケモノ飼ってやがるな。いいね、髑髏面に
「な……」
俺は絶句した。どうして、どうして初対面の色ボケ野郎が、誰にも、それこそざくろさんにも話していない『葬儀屋』のことを、見た目まで言い当てる?
「だが、まだ満ちるどころか、『初月』すら迎えてねェなおめェ。日本刀のかわいこちゃんは、月の中身が空っぽだ。自分の中のバケモノに、逆に自分が飼われてりゃおしまいだ。なあガキンチョ」
がはは、と笑って背中を叩かれ、いい加減にしろと抗議しようとした瞬間。
「じゃあまた会おうな。葬儀屋に飼われてる小僧と空っぽ日本刀のかわいこちゃんよ――」
男は、
「あ、れ……いない? いつの間に……」
「なんだったんだろ、今の人……」
駅前の雑踏の中、俺たちは悪夢でも見たように、しばらく呆然と立ちすくんでいた。
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