第14話 日常と後悔と異能 3


 あの妙なチャラ男は一体なんだったのか。



「わたしの異能も見抜かれてた。おそらく敵か、『機関』とは別の組織の人間か。どっちにしろ警戒したほうがいいね」


 ざくろさんが言う。俺たちは気を張りながら、家までなんとかたどり着いた。


 どっと疲れた俺たちは、あんこさんに出迎えられる。


 あんこさんが用意してくれたようかんとお茶で、どうにか一息つけたのだった。




 仕切り直していよいよ修行を始める、という直前になってざくろさんに問われる。


「一応、最後の意思確認だけしておくけれど。聖司は、『初月』を迎えて――異能を発現させて、わたしと一緒に空想怪異と戦いたい、またはわたしの手伝いをしたい、ってことで合ってる? やめるなら今が最後のチャンスだけど、本当にやる?」


 俺にとっては今更の質問だった。


「やる。俺は、ざくろさんを助けたいんだ」


「そう。なら、無理矢理にでも『初月』を迎えさせるから。覚悟してね」


 この後、俺は嫌というほど、言うのとやるのとは別物だと思い知ることになる。俺は、戦いも、修行も、ざくろさんも、なにもかもを甘く見ていたのだ。




  ★




 ずだぁん! 


 身長一八三センチの俺が、身長一五〇センチほどのざくろさんに軽々と投げ飛ばされて床に叩きつけられる。慣れないながら、俺はどうにか受け身をとった。


 ここは、今朝連れてこられた白い空間だ。


 針が四本ある大きな時計が浮いている、通称『あんこさんの便利空間』である。


 外界そと空間内うちがわでは時間の流れが違っているのは本当らしい。

 浮いている大きな時計を見ると、空間内では三時間ほどが経過しているのに外界そとでは五分も経っていない。


 俺も、ざくろさんも制服のままだ。


「制服は、わたしたちの正装、つまり戦装束なんだよ。だから、あんこの強化魔法バフもかかりやすいの。そういうわけだから、かかってきて。まずは受け身が取れなきゃ話にならない」


 そう言われ、かかっていっては投げ飛ばされて受け身を繰り返した。何回ぶん投げられたかはもう覚えていない。


 そのうえ、投げ飛ばされるたびに視界にちらちらと映るものがあまりにも気になって気になって、どうにもこうにも集中できない。最初は受け身もおろそかで、すぐに全身痣だらけになった。


「ほら、ぼーっとしない! 受け身とったらすぐ起き上がる!」


「のわぁぁぁあぁあぁ!?」


 俺はざくろさんの言葉が終わる前に、起き上がってその場から離れる。転がっていた場所に彼女の異能である日本刀、『あやきり』が数本突き刺さった。刃が深々と床に突き刺さっているのを見て、背筋が寒くなる。どんな切れ味してるんだ、あの刀。


「よくなってきたね。休憩しよっか。あんこ、スポドリ用意できた? そろそろお願い」


「お持ちいたしましたわ御嬢様。いつものあんこスペシャルドリンクですわよ」


 あんこさんがグラスに入った氷入りのスポーツドリンクと一緒に姿を現す。できる猫さんだ。


 俺はほっと全身の力を抜いた。本日何回目かの休憩らしい。


「さすがだね、あんこ。あとで美味しいおやつあげる」


「ふにゃっ!?」


 あんこさんの耳と尻尾がぴんと立った。やはり猫さんというか、おやつは嬉しいらしい。


 ざくろさんがグラスのスポーツドリンクをおいしそうに飲む。


「ほら、聖司も飲んで。疲れた時には糖分とクエン酸。水分補給はしっかりしなきゃ」


 片手に自分のドリンクを持ち、俺の分のドリンクを押しつけてくる。


 俺は集中できなかった理由を思い出し、顔が熱くなるのを感じた。


「あ、ありがとう……あのさ。これ訊いていいのかどうかわからないんだけど」


「なに? まだ受け身足りない? そろそろ次に行こうと思ってるんだけど」


「そうじゃあなくて! そうじゃ……そうじゃあなくて……」


 よく冷えたスポーツドリンク、あんこさんスペシャルをぐいっと飲み干す。酸味のある爽やかな味がからからに渇いた喉を潤してくれた。おいしい。


 俺はとうとう言うことにした。





「どうして、ざくろさんはパンツをはいてないんだ!?」





 顔がさらにかあぁっと熱くなるのがわかる。思わず両手で顔を覆って下を向いた。そのまま大の字に寝転がる。恥ずかしい。俺のほうが恥ずかしい。ヤケクソになって叫ぶ。



「だって受け身とって上を見たら、スカートの中なにもはいてないってどういうことだよ! 俺がエッチとかそういうわけじゃあなくてざくろさんのエッチさが限界突破しているよ! 今朝おっぱい見せてきたときもそうだけどお願いだから自分を大事にして! ていうか今朝おっぱい丸出しだったことを考えるとブラもパンツもつけてないのか!? 刺激が強すぎて俺の理解が追いつかないよ! 攻撃は最大の防御って言うけど防御が薄すぎる! ちゃんと自分の身を守ってくれ!」



「だから言ったじゃん。『下着の色は答えられない』って」


「そりゃ下着つけてないもんね! 答えられないよね! って違う、そうじゃない!」


 俺は腹筋を使ってがばりと起き上がる。ざくろさんの両肩を掴み、しゃがんで目を合わせる。


「ざくろさん、あのね? クールっていうよりそれはもはや無頓着だよ、無頓着が過ぎる! お腹を冷やしたらいけないし、修行にも影響するし、なにより危ないからできればパンツとスパッツかなにかを着用してくれ頼むから! 頼むから自分を粗末にしないで!?」


 俺は真剣に頼んだ。目に毒というのもあるが、ざくろさんの身が心配だった。


「下着をつけると全パフォーマンスが三分の一まで低下するんだよ、わたし」


「そんなことある!?」


 俺は再び大の字に寝転がった。床がひんやりして気持ちいい。


「あー……調子が狂う……」


 三時間以上受け身をとったおかげで身体中が汗だくだ。白い天井を見ながら考える。


 受け身はなんとかできるようになったけど、受け身だけではざくろさんの役に立てない。俺は、ざくろさんを助けたいのに。


『葬儀屋』が宙に浮いて脚を組んで座り、にやにやと俺を見下ろしている。言いたいことはわかっていた。クールというより無頓着。『みんな』のためなら死んでもいい、腕を切られても戦う女の子。


 畜生。可愛い。可愛すぎる。


『お前は、鬼切ざくろに好意を持ちすぎだ』


 髑髏面が笑う。


 全くその通りだよ。俺は投げやりに返す。そこらの女子がパンツをはいていなかったところで、別にどうでもいい。風邪引くぞと思いながら無言でスルー。普段の俺ならそうする。


 必要以上に他人に好意を持つとろくなことにならない。サッカー部員のときのように、骨折だけでは済まないかもしれない。空想怪異退治なんて、文字通り命懸けだ。




『口の中にグロックを突っ込まれて脳幹を撃ち抜かれたら、どんな反論もできません』




 榊先生の言葉を思い出す。俺は一度、脳幹ではなく心臓を貫かれて死んだ。死んだところを助けられた。助けてくれたざくろさんに恩返しをするために、俺は暴力を欲している。


 いや、違う。


 サッカー部員とやりあった一年の夏が脳裏によぎる。あの場に榊先生が来なければ、俺は確実にあいつらを殺していた。


「俺は……暴力が、欲しい」


 無意識のうちに、俺はぽつりと呟く。ずっとずっと、俺が欲しかったもの。頭の中でイメージする、白い杭。


 暴力には暴力で対抗するしかない。だから、俺は暴力それを与えてくれるざくろさんに好意を抱いている。


 と、いうことにする。今は。


『嘘が下手だな』


『葬儀屋』が面白くなさそうに吐き捨てる。


 そうだな、俺だってすっぱり割り切れたらよかったのにと思うよ、相棒。だめだ。これ以上はループになる。一旦消えてくれ。


『はいはい、わかったよ相棒』


 うるさかった相棒が消えて、俺の脳内はようやく静かになった。長くため息をつく。『葬儀屋あいつ』は本当のことしか言わないが、それが負担になることもある。


「暴力が欲しいの?」


 ざくろさんに至近距離で顔を覗きこまれる。俺は力なく頷いた。


「今から嫌でも手に入れてもらうからちょうどよかった。あんこ、やって」


「かしこまりましたわ、御嬢様」


 浮遊感があった。床を見る。床がない。


 黒い穴が、俺の身体の下に開いている。


「『初月』を望んだのはキミだからね。こっから先は自分との戦いだよ。失敗したら死ぬから、がんばってね」


「では人間、あなたが『初月』を迎えれば外に出られますわ。ごきげんよう」


「ちょっ、う、わ――」



 落下しはじめると同時、俺の上にあった穴が閉じられる。重力に従って、俺は落ちていった。

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