第30話 少年は自覚し、少女はまだ知らない 4

 ざくろは、その日あまり眠れなかった。デート。確か恋人同士とか、恋人になりたい人同士が行くものだ。胸がどきどきする。


『服を買いに行く』と言われたけれど、服を選んだことなんてない。


 自分が聖司の前でひどい失敗をしてしまったらどうしよう、と思うだけで泣きそうになる。


 鬼切ざくろは、何かを自分で選んだことがない。親代わりの男も、いつの間にかいた。使命は、いつの間にかそこにあった。異能は、生まれたときからあった。あんこは、親代わりの男から与えられた。


 自分で選ぶことが、何一つなかった。


 せいぜいスーパーマーケットで食材を選ぶくらいだが、それもあまり得意ではないので、あんこや聖司に任せきりだ。服なんて、選べるわけがないのだ。目の前で眠る聖司に、きゅっと抱きつく。


「……?」


 おかしい。いつもなら、安心して眠くなってくるはずなのに。抱きつくと気持ちいいのは、いつものことだ。


 けれど、こんなにどきどきするのはなんでだろう。寝息を立てる聖司の顔を、そっと見上げる。


 整った、綺麗な顔立ちだと思う。真っ黒な髪も、よくクラスメイトに『目が死んでる』と言われる真っ暗な瞳も、どれも綺麗だ。まつげが長い。そっと、触ってみる。ふわっとした感触に、思わずびくりと手を離してしまう。


 どうしよう。こんなの、知らない。知りたくない。すべすべの肌とか、くしゃくしゃの真っ黒な髪とか、細いようで思ったよりがっしりしてて男の子だなぁって身体とか、いつも撫でてくれる筋張った手とか。そういうの、全部考えるだけで、どきどきして眠れない。


 けれど、聖司と一緒に寝られなくなるのは、嫌だ。


「……わたし、どうしちゃったんだろ……」


 かあぁっと、顔が熱い。なんだろうこれ。初めての感情に、鬼切ざくろは身をよじる。


「ん……ふぁ……ざくろさん?」

 聖司が、薄く目を開ける。考えていたことが伝わったのかと思って、口から心臓が飛び出そうになった。


「な、なんでもないの、なんでもない……うん、なんでもない。ごめん、起こしちゃって」


「ねむれ、ないの?」


「……うん……」


「そっか……ふあぁ……じゃあ、はい」


 聖司が、ざくろに向かって両手を広げる。


「ぅ、あ」


 どっくんどっくん、心臓が脈打っている。けれど、ざくろは聖司の腕の中にすっぽり収まった。なんとなく、なんとなく、だけど。


「ここは、わたしの場所、だ」


 意地を張るように、口に出す。この場所だけは、誰にも盗られたくない。なにがなんでも、渡さない。真っ赤になりながら、ざくろは考える。その感情がなにからくるものか。そこを考えてしまったらおしまいな気がして、考えられない。


 もぞ、と聖司が動いた。ぎゅう、と自分をきつく抱きしめる。


「ざくろさん……かわいい」


 そのまま寝息を立てる。寝言、らしい。どんな夢を見ているんだろう。


「……せいじ」


 変なの、とざくろは思う。いつも呼んでる名前なのに、砂糖菓子みたいに甘ったるい。


 この胸にわきあがる甘ったるくて熱くてくらくらする感情は、なんなんだろうか。




 少女は、それを『恋』と呼ぶことを、まだ知らない。

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