第28話 少年は自覚し、少女はまだ知らない 2

 ほとほと困っている。


 俺は鬼切ざくろさんが好きなのだ。異性として、俺は彼女に恋をしている。一晩寝ずに考えて、行き着いた結論がこれだった。


 おかげで授業中、眠くてたまらなかった。やっと放課後になり、ざくろさんと並んで帰宅する。


 俺が眠たそうにしているのが珍しかったらしい。クラスメイトからは「おい、デッドアイズサタン、更に目が死んでるぞ」「なにかが起こるに違いない」「世界が滅ぶのか……?」などと囁かれた。授業中は榊先生に「はい、一番眠そうにしている黒羽くん。この問題をお願いします」と当てられてしまった。榊先生はともかくとして、クラスメイトは俺をなんだと思ってやがるんだ。


 そんなことを考えていると、きゅ、と手を握られる。

 ざくろさんだ。


「聖司、大丈夫? あんこがおやつにどら焼き用意してくれてるから、家まで我慢して?」


 好きな女の子に手を握られている。うわぁ、手のひらやわこい。ちっちゃい。あったかい。

 俺は一瞬でキャパオーバーを起こした。



「お、おひゃあぁぁあぁあぁ!?」


「……おやつ、そんなに嬉しい? 顔真っ赤だよ、熱あるの? 今日は早めに寝ようか?」


「う、うん……ちょっと、具合悪いかも……ゆうべ夢見が悪くて、寝付けなかったから」


「ちょっとかがんで」


「う、うん」


 ぴた、とざくろさんの手が額に当てられる。自分の額に片手を当てて、彼女は難しい顔をしている。俺はそれどころではない。どくどくばくばくと心臓がタップダンスを踊っている。


「熱いね。心臓もすごい。早く帰ろう」


「は、はひ……」


 俺はざくろさんが考える理由とは別の理由でへろへろになりながら、帰宅した。


 畜生! 好きって、恋って、こんなに厄介なのか!? こんなの聞いてないぞ!


 帰宅して風呂の掃除を済ませ、ざくろさんが作ってくれた夕食を食べた俺は、ソファで呆然自失していた。冷静に考えて、好きな女の子と告白すらしてないのにどうせいしてるってなんだ。考えても考えてもわからなくなり、とうとう考えるのをやめてぼんやりしていた。


 俺の膝に、風呂上がりのざくろさんがちょこんと座る。


「聖司、髪やってー……あ、そっか具合悪いんだっけ、今日は自然乾燥で……」


「やる。そんな綺麗な髪を自然乾燥なんてありえない」


 俺は断言してブラシとドライヤーを持つ。ざくろさんが、「綺麗って、綺麗って、うわぁ」と言っているが、実際に綺麗なんだから仕方あるまい。俺は無心でドライヤーとブラシを使い、彼女の髪を乾かす。


 ざくろさんが俺の膝に乗る。それはいい。問題は、彼女がTシャツ一枚の下は全裸であることだ。これ以上考えたら具体的になにがとは言わないが事故が起こる。無心になれ、無心で髪を乾かすんだ黒羽聖司。襟元が隙だらけで色々見えそう!


 おい待て『葬儀屋』、タンバリンをやめろ。踊るな。盛り上げるな。


 長い黒髪を乾かし終わったあたりで、ざくろさんが寄りかかってきた。


「ざくろさん? 終わったよ、どうしたの?」


「すー……。すー……。ん……むにゃ……」


 寝てる!? 危機感なさすぎか!? 年頃の娘が仮にも男の俺の膝の上で寝るか!?


 ……今なら、触ってもバレないか? 俺は、ごくりと喉を鳴らす。


「あら御嬢様、寝てしまったのですわね。聖司、早くベッドに運んでさしあげてくださいまし。あなたも、具合がよくなかったのでしょう? きっと心配だったのですわ」


 タイミングよく通りがかったあんこさんの一言により、俺は越えてはいけない一線を越えずにすんだ。


「それにしても、御嬢様も変わりましたわね。他人の膝に乗ったり、ましてや人前で熟睡するなんて。……よっぽど、聖司のそばが、安心できる場所になったんですのね」


 あんこさんはそう言って寝床へ去っていく。俺は、むず痒い気持ちと彼女の身体を抱えた。


 ざくろさんを自分のベッドに横たえて、隣に潜り込む。


「ん、んんー……」


 うなされている彼女が伸ばす手を、俺は拒まず抱きしめる。あったかくて、柔らかくて、いい匂い。なにより、こんなにも小さくてか弱い。


 まぶたが重たい。どうやら、俺たちはお互いの体温で安心するようになったらしい。色々順番とかをすっ飛ばしている気がするが、そのあたりはもう仕方ない。


 ざくろさんと一緒にいる日常が、こんなにも当たり前で、心地良いものになってしまった。俺は彼女の首筋に顔を埋めて、目を閉じる。ざくろさんの寝息が聞こえてくる。可愛いなと思う。


 可愛くて、綺麗で、危なっかしくて放っておけない。自分を粗末にしないでほしい。繋ぎ止めたい、笑っていてほしい。俺以外の前で泣いてほしくない。


 好きだ、ざくろさん。きみのことが、愛おしい。


 認めてしまえば、こんなにあっけないものだったのか。俺はそのまま、深い眠りについた。

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