第22話 春と修羅、ふたり 3

 放課後、家のリビング。ダイニングテーブルの向かいに座り、数学の応用問題集の前でざくろさんがうなっている。


「んー……わかんない」


「どこがわからない?」


「わかんないとこがわかんない。ぜんぶ」


「……そりゃ難儀だ」

 俺は集めている文字Tシャツにジーンズ、ざくろさんも同じく俺の文字Tシャツだ。彼女は俺と違って下になにもはいておらず、ワンピースのように着こなしている。小さな手でノートに走らせようと掴んだシャープペンシルは、止まったままだ。


「ざくろさん、数学以外は成績良かったよな? 今までどうしてたんだ?」


 俺は全科目、学年三位以内を常にキープしている。ざくろさんは一〇位前後にいたはずだ。数学が足を引っ張っているが、それ以外の科目はほぼトップの成績にいる。


「簡単だよ。教科書全部覚えてるだけ」


 彼女は平然と答えた。


「え、マジで?」


 全科目の教科書を、全て暗記している? にわかには信じがたい。


「マジ。空想怪異てきの動き覚えるより楽」


「そういうタイプかぁ……。じゃあ数学の一〇六ページ、第五問」


「Xが八でYが六、Zが四」


「……正解」


「数学、問題暗記してそのまま書いちゃうから応用で引っかかるんだよね」


 なるほど。俺は、鬼切ざくろという少女の特性を少しだが理解する。

あやきり』という極めて強力で、『斬る』ことのみに特化した異能は、彼女の性質そのものなのだろう。

 二週間ほど前の初陣で、彼女が言っていたことを思い出す。


『わたしには、戦うことしかない。戦ってみんなを守ること以外、わたしにできることはないんだ。他には、なにもない。だから、わたしなんかいくら怪我したって、死んだっていいんだ』


 とんでもなく、不器用なタイプだ。異能も、その生き方も。


「わかった。じゃあ、解き方のパターンを頭に入れるってのはどうだ? 応用問題って、要するに基礎の組み合わせだから――つまり、こうなって、こう……」


 俺はざくろさんのノートに解き方のパターンを書き込んでいく。


「あ、これならわかるかも」


 彼女が笑顔になる。俺たちは向かい合って、三時間ほど勉強に励んだ。





  ★





 あんこさんの便利空間で、ざくろさんが素振りをしている。


「五五八、五五九、五六〇、五六一……」


 放っている空気はまるで抜き身の日本刀だ。実際、実物を持ってはいるけれど。


「『聖母様の中指レディ・ザ・インバーテツドクロス』。さて――この異能をどう使うか、だな……」


 俺は、右腕に顕現させた白い棺桶を見て考える。


「あんこさん。いつもの模擬戦、できるか? ざくろさんの邪魔にならないところで」


「朝飯前ですわ。敵は人喰い桜、でよろしくて?」


「頼む」


 足元にすりすりと身体をすり寄せる黒猫さんに、俺は頼んでみる。


「五八二、五八三、五八四、五八五、五八六……」


 俺のパートナー、ざくろさんは構わず素振りを続けている。集中のしかたからして、声すら聞こえていないだろう。


「ありがとう。いつも空想怪異が出る夜と、あまり変わらない状況に設定してほしい」


「構いませんわ。なにかやりたいことでもありますの?」


「そうだな。経験値を積みたい。それから、異能の応用を試してみたいんだ」


 あんこさんを撫でながら返事をする。俺が、ざくろさんをサポートする方法。


 基礎能力特化で応用が苦手な彼女を助けるには、俺が応用を身につければいい。


「かしこまりました。こちらへおいであそばせ」


 俺はあんこさんに連れられて壁にできたドアを開け、別の空間へ足を踏み入れる。


「六〇一、六〇二、六〇三、六〇四……」


 ざくろさんがひたすら素振りをする声が、背後で遠く聞こえた。

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