第21話 春と修羅、ふたり 2
空想怪異退治も毎晩の日課になって一〇日ほど。二〇二三年四月中旬、週末の昼休み。
俺は今日も今日とてざくろさんと向かい合って、彼女の手作り弁当に舌鼓を売っていた。金曜日とあって、教室には楽しげな雰囲気が漂っている。
「なあ、『棺桶神父と人斬り女子高生』の噂、知ってるか?」
そんな声が聞こえて、俺は口にしたステンレスボトルの麦茶を吹き出しかけた。
(動揺しないで、聖司)
どくん、鼓動とともにざくろさんの思考が伝わってくる。
(今の話、たぶん俺たちのことだよね。ざくろさん)
(だとしても特定はされてないよ、落ち着いて)
(わかった)
俺は新学期早々、ざくろさんを庇って一度死んだ。彼女と心臓を共有して生き返ったため、近くにいればお互いの思考が伝わるし、遠くにいてもお互いの居場所がわかるという仕組みだ。
戦うときや今のような口に出せない話題のときは、テレパシーのように使えて便利である。
それはそれとして、ざくろさんとは連絡先を交換してメッセージアプリでやりとりをしている。使えるモノはなんでも使う、臨機応変、というやつだ。
彼女は『機関』のトップ兼親代わりであるという『旦那様』に持たされた連絡用の最新スマートフォンすら満足に扱えなかったが、教えたら飲み込みが早かった。今ではメッセージアプリで猫のスタンプをやたら送ってくる。『あんこに似てて可愛い』だそうだ。
俺は耳をすませながら、ざくろさんが作ったちくわの磯辺焼きを口に入れた。美味しい。
「んっふふ」
目の前で、彼女が目を細めて嬉しそうに笑う。美味しいと思ったのが伝わったらしい。
可愛いんだからもう。俺は緩みかけた頬を引き締め、再び聞こえてくる会話に集中する。
「棺桶? 神父? 人斬り……? なに? なんだよその噂、江戸時代と現代と和洋がごっちゃごちゃじゃねぇか」
「だーかーら、『棺桶神父と人斬り女子高生』だっつーの。でっかい棺桶持った神父と、
「色々おかしくないか」
「おかしくないと都市伝説なんか成立しねーだろ。デッドアイズサタンとざくろ姫だって、そうだろうが」
「馴れ初めとか訊いてみるか?」
「やだおっかない。特にブラックウイングルシファー、怖すぎるだろ。目に光完全にねーのに、なんでざくろ姫ゲットしてんだよ。どんな外法を使ったんだあいつ」
「だよなぁ。なんでデッドアイズサタンなんだろ。目が死んでるし喋らねぇし」
「謎だよな、それこそ都市伝説だぞ!? 俺だってざくろ姫と付き合いてぇよー!」
「まあざくろ姫、楽しそうだしな。諦めろ。お前の目には光がある。光だけは、ある」
「お前トドメ刺すかけなすかどっちかにしてくんねぇ? オーバーキルされてんだけど俺」
丸聞こえだ。繰り返す、丸聞こえだ。ざくろ姫はいいとして、なんだそのデッドアイズサタンとかブラックウイングルシファーとかそういう、ゲームのボスみたいなあだ名は。目が死んでるって言い過ぎじゃあないか? そんなに俺の目って死んでるか? 俺はきらめいてるんだが? 目だけ死んだままなのか?
「……ぷっ、ふふっ」
俺の
「あー……ざくろさん。その……いいのか?」
俺は声をひそめて訊ねる。
「いいのかって、なにが?」
彼女はきょとんとした表情で訊き返す。自分と俺がいわゆる付き合いたてのカップルだと思われていることを、ざくろさんはわかっていないらしい。そういうところも可愛いんだけれど。
「まあ、いいや。いつも美味しいお弁当、ありがとう」
俺は彼女の頭をよしよしと撫でた。
ぼんっ!
ざくろさんが一瞬で耳まで真っ赤になって固まった。しまった、思考が筒抜けだったか。
クラスの中が一気にざわつく。
「ナデナデ、だと……!?」
「ざくろ姫が真っ赤だぞおい!」
「姫とサタンがいちゃついている!」
「デッドアイズサタンめ、命が惜しくないようだな」
「エクソシスト呼んでこい」
「『棺桶神父と人斬り女子高生』に裁いてもらおうぜ」
「ざくろ姫、最近やたら可愛くない?」
「笑顔増えたよな」
「今度話しかけてみない? みんなでカフェ行こうよ」
「愛、か……」
「てか男子の嫉妬うざ。黒羽くんが頑張ったんでしょ。目はゾンビみたいだし喋らないけど」
だから、その『棺桶神父と人斬り女子高生』は俺こと黒羽聖司と、目の前で顔を真っ赤にしながら頭を撫でられている鬼切ざくろさんなんだっつーの。あと俺、そんなに目が死んでる? そろそろ泣きたいんだけど。
「と、とととととととと、とととととりあえずご飯食べようご飯」
震える手で箸を使い、いんげんのすりごま和えを掴んでは落とし、掴んでは落としするざくろさん。動揺しないでと言っておきながら、動揺しすぎだ。
可愛い。めちゃくちゃ可愛い。世界一可愛い。俺はざくろさんに思考が伝わっているのを承知のうえで、可愛い可愛いと心の中で連呼する。しょうがねえじゃねえか可愛いんだから実際。
どっくんどっくんと彼女の鼓動と照れている様子が伝わってきて、それもまた可愛い。俺は頭を撫で続ける。
「せせせ、聖司の……ばかぁ!」
更にまっ赤っかになったざくろさんは、むくれて俺の頬をつねった。
「ざくろさん,可愛いとか綺麗なんて言われ慣れてるだろ? 告白されまくってるんだから」
弁当を食べ終わり、俺は彼女と話している。ざくろさんは購買で買っておいた好物の牛乳を飲んで、ぱちくりとまばたきをした。
「あー、えっと……ああ、あれかあ。みんな知らない人だし、言ってることもよくわかんないから空とか見てぼーっとしてたら、いつの間にかいなくなってた」
「そんなやり過ごしかたしてたんだ……」
「やり過ごすっていうか、本当にわかんないんだもん。知らない人に呼び出されてなんか言われるの、困るじゃん。人は守るものだけど、名前もろくに知らない人にいきなりつきあってください? とかなんとか……正直、怖いよ」
「そりゃまあ、そうだよなあ」
「てっきり果たし合いかと思っていつでも殴り合う準備はしてたんだけど」
「OKざくろさん、一旦落ち着こうか」
よかった、彼女に殴られたら手加減されてても一発で骨が一〇本逝くぞ。
「ってことは、俺に可愛いとか言われたり、撫でられたりするのも嫌じゃあないのか? もしそうなら、控えるけど」
「ち、違うの! 聖司は、助けてくれたし……一緒にいるし……聖司、安心するし……やじゃ、ないっていうか、嬉しいし、もっと、褒めたり撫でたり、してほしいっていうか……」
ぽぽぽ、とざくろさんの頬が赤くなる。それは反則だろ、おい。
俺たちは赤面したまま、残りの昼休みを過ごした。
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