第40話 空想の星が降る夜空の下で 2

 ぬらりひょん。


 当人が言っていたように『ぬらりくらりと掴み所がない』曖昧さが特徴の妖怪だ。どこからともなく勝手に他人の家に入り、自分の家のように振る舞う。家の者が存在に気づいても『ぬらりひょんこのひとは家の主だ』と思い込み、追い出されない。神に近い存在、とも言われている。


 歴史が古く誕生には諸説ある妖怪だが、紆余曲折を経て『日本妖怪の総大将』と位置づけられ、登場する小説や漫画、映画も多い。その力は絶大とされる。




  ★




 俺は必死で頭を回す。全く見つからないだけで、どこかに弱点があるはずだ。さっき攻撃を受けてわかったが、こいつの場合『自分の存在そのもの』すら言葉通り当人のさじ加減次第だ。


 幻影と実体を即座に切り替えながらの肉弾戦、全て実体に変えて間合の外から鬼火を放つ。反則チートじゃねえか、畜生が。


『なにもかもが曖昧でつかみどころがない、いつでもどこでも主導権を握る』妖怪の総大将。


はっきり言って、強すぎる。


『葬儀屋』に傘で頭をべしん、と叩かれた。


『弱気になってる場合かよ。相手は日本妖怪の総大将だぞ。承知で殺しあってんだろうが』


『葬儀屋』が俺の背中を叩く。割れた髑髏面の向こうから、死んだ目が俺を覗きこむ。


 そうだ、諦めるな。状況を俯瞰しろ。分析しろ、計算しろ。勝ち筋を探せ。こんな状況が詰みなんかであるものか。必死で頭を回している俺を、抱きしめるようにして支えているざくろさん。


 宙に浮かんだぬらりひょんの群れはなぜか一体に戻った。数の有利を、自ら捨てた? やろうと思えば戻せるだろうが、どうしていきなり? 罠かと思ったが、あいつの世界との繋ぎ目は安定している。俺の疑問を差し置いて、ぬらりひょんは下卑た笑いを浮かべて、言った。


「なあ、ガキンチョ。この街もお前も、見逃してやってもいいぜ?」


「な、んだと……?」


 余裕たっぷりの発言に、俺は口をあんぐりと開けた。信じがたい発言に、耳を疑う。圧倒的有利な状況で、俺と水木区の住民全てを見逃す? この条件には、あの野郎に《メリツト》がない。


 おい、待て。猛烈に、嫌な予感がする。俺の悪寒を差し置いて、ぬらりひょんはにやにやと笑ったまま続ける。


「だって、このまま戦っても俺が勝つだけだからよ。ガキには骨もあるし、面白ェバケモノ――喪服に髑髏面の男、掌握してやがるし。勿体ねェんだよ。俺ァ優しいからな。そこでだ」


 待て。こいつは、見逃す対象に、ただ一人を含んでいない。嫌な予感が、確信に変わる。


「刀のかわいこちゃん。いや、東京都水木区の守護者。俺のモノになれ」


 やっぱりか! このどこまでも見下げ果てた畜生が!


「ふざけるなこの野郎! 俺は彼女を助けにきたんだ! そんな本末転倒、許すわけねぇだろうが!」


 俺は腹から叫ぶ。ざくろさんが、俺を助けるために、このクソ野郎のモノになる? 冗談だろう? 足手まといにならないと、決めたんだ。まだ手も足も動く。日本妖怪の総大将とはいえ、空想怪異の一種だ。絶対に弱点はある。勝ち筋は、まだあるんだ。


 頭を回せ黒羽聖司。助けにきて足を引っ張るなんて真似、あってはならない。俺はざくろさんに救われた。今度こそ俺が助けるんだ。彼女がぬらりひょんのモノになるなんて、地上の誰が許しても、俺が許さない!


 考えろ、考えろ。頼むから、ざくろさん。俺と一緒に戦ってくれ。そう、言おうとした。


 けれど、彼女の口から出たのは。


「――ッ、わ……わか、った。その代わり、その代わり、聖司とみんなは、絶対助けて」


「……は?」


 彼女の答えに、俺は目を見開いた。

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