エピローグ

第45話 エピローグ

 俺とざくろさんは、同じベッドで向かい合って寝そべっていた。日付の感覚が曖昧だが、まだゴールデンウィークは終わっていないはずだ。眠気に支配された頭でぼんやりと考える。


 俺たちの家の、俺の部屋のベッド。周囲を回復魔法の緑色の光が包んでいる。いろいろと、それはもういろいろとしたいところだが、怪我が治りきっていないのでさすがに今したら死ぬ。


 あれだけの死闘をくぐり抜けたのに、死因がそれじゃあんまりだ。体力もない。


 眠気が襲ってきたので、駅ビルで買ったパジャマ姿で寝ているざくろさんの頬をそっと撫でてから、俺は目を閉じる。




  ★




 俺とざくろさんは、あの後意識を失った状態で発見されたらしい。救援を呼んでくれたあんこさんによると、命だけは助かったもののかなり危険な状態だったという。転移ですっ飛んできてくれた『機関』のエージェントさんが即座に処置をしてくれなければ、死んでいたそうだ。


 ゴールデンウィークのほとんどを、俺たちは寝て過ごすことになった。今もそうだが、体力の消耗を防ぐため強制睡眠状態にされてかかりっきりで魔法の治療を受けている。俺は脳味噌がまろびでたり内臓と脚がぐっちゃぐちゃで、ざくろさんに至っては腹に大穴が開いていたが、なんとかなるらしい。


『機関』、すげえなおい。お礼の一つも言いたいが、常に寝ているためエージェントさんには合えていない。機会があれば御礼状でも書こうか、などと考えたあたりで俺は睡魔に攫われる。




  ★




「まったく! なんて無茶をなさるんですの! わたくし生きた心地がしませんでしたわよ! もう! もう!」


 なんとか回復したら、あんこさんにめちゃくちゃ怒られた。俺とざくろさんは、眠気でぼんやりした頭でみゃあみゃあ怒鳴る猫さんに怒られている。


「生きていてくれて、本当によかった……! 今回みたいな無茶、わたくし二度と許しませんからね!? な、なんですのお二人とも……! どうして手をわきわきさせているんです!? にゃっ、そんな……ゴロゴロゴロゴロ……ふ、二人いっぺんは卑怯ですわよ! ゴロゴロゴロゴロ……! うにゃぁぁあぁーん……! みゃぁあぁぁあぁ! ふにゃあぁぁあぁ!」


 俺とざくろさん、二人がかりで一時間ぐらい撫でたり揉んだりしてどうにか誤魔化した。あんこさんの毛はちょっと艶がなくなっていて、よっぽど心配をかけてしまったんだなと申し訳なくなった。


 それはそれとして回復魔法で普通なら死んでいる大怪我を無理矢理治した代償として、ひたすらに眠たかった。疲れていたぶん、強制睡眠の魔法がなくなっても眠ることしかできない。


 たまに目を覚ますと、ざくろさんの寝顔が見られて嬉しかった。いつものことだが、彼女は寝ていても可愛い。俺が起きると、つられてざくろさんも起きる。


「聖司、ぎゅーってして」


「お安い御用で」


 抱き合って触れるだけのキスをして、また眠る。高校二年生のゴールデンウィークは、幸せだった。




  ★




 二〇二三年五月八日、月曜日。連休も明けて、今日から学校である。俺たちの制服はボロボロになりすぎて廃棄され、新しく用意された制服に袖を通す。なにからなにまで、お世話になりっぱなしだ。どうやってサイズを把握したのかとかは、考えないでおこう。


 いつもの通りざくろさんと朝食を用意してあんこさんと三人で食べて、身支度を整えて玄関に向かう。


「はい聖司、お弁当」


「ありがとう、ざくろさん」


 リュックに弁当を入れたところで、彼女がふくれっ面をしていることに気づいた。


「ねえ、聖司。さん、やめない? わたしは聖司のこと、聖司って呼んでるのに……その……」


 胸の前で手を組んで、もじもじしながら顔を逸らす。可愛すぎる。


「あと、その、好きって言ったじゃない。お互い。あれ、初めてだから。その、どうしたらいいか、わかんなくて……わたし、聖司の、なんなのかな」


 顔を伏せて、新調したばかりのローファーを履くざくろさんは、耳が真っ赤だ。


 胸元に、銀色の鎖がちらりと見えている。彼女は俺がプレゼントした指輪を風呂のとき以外はずっとつけていた。もちろん、学校では見つからないようにチェーンをつけて制服の中にしまってある。可愛い。なんだこの可愛い生きものは。俺は、頭に手を乗せてよしよしと撫でた。


「俺も初めてだから実際のところはわからないけど、少しは知識があるから、頑張ってみるよ。俺にとって、ざくろさん……いや、ざくろは大好きな女の子だから」


 上げた顔が、ぱああぁっと輝く。


 迷わず俺を引き寄せて、彼女は俺の唇にちゅ、と口づける。


「ありがとう、聖司だいすき!」


「……あの、キスとかは、二人だけのときにしておこうね?」


「はーい!」


 一応、釘を刺しておく。彼女は、右手を挙げてにこにこ笑顔で答えた。周囲の安全のためである。ざくろさんは根が狂戦士バーサーカーだ。二人だけのときならいいが、学校の人目につくところでやられたら俺が男子に袋叩きにされかねない。


 そうしたら、彼女が俺を袋叩きにした男子を皆殺しにする。誰がなんと言おうと、ざくろさんは確実にやる。


『考えただけで怖いな、お前の好きな女の子は。なぁ相棒?』


『葬儀屋』が傘をくるくると回しながら皮肉を言う。


 俺は答える。そこが可愛いんだろうが、相棒。


『ははは! そりゃあそうだ! お前も大概、ぶっ壊れてるな! それでこそ俺の相棒だ!』


 左手で玄関のドアを開けて、右手を彼女に向かって伸ばす。


「じゃあ、改めて――恋人になってくださいって意味で、俺と付き合ってください」


「よろこんで! 末永く、よろしくね!」


 鬼切ざくろが、やっと彼女に向かって伸ばせた俺の手を取る。


 春がまだ残っているうちに、百鬼夜行を阻止できた。空は雲ひとつない、抜けるような五月晴れ。太陽が眩しい。気温は冬服だと少し暑い程度だ。そういえば、あと一月で衣替えか。


「行こう、ざくろ」


「うん、聖司!」


 黒羽聖司と鬼切ざくろ。ぼっち陰キャモブと、孤高のヒロイン。


 決して交わらなかった二人。今は、お互いがお互いを選んだ、恋人。


 俺たちは手を繋いで指を絡めて、私立京極高校へと向かうのだった。




 高校二年生の、一回限りの夏がやってきている。


           幕

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学校一の黒髪美少女が日本刀を持っていた件について 赤夜燈 @HomuraKokoro

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