第44話 空想の星が降る夜空の下で 6

 俺は、無言でざくろさんを抱きしめた。左腕でがっちりと固定し、心臓を合わせる。


「大丈夫。ざくろさんも俺も、死なない。俺が死なせない」


「うん、信じてる。やって、聖司」


 彼女が俺の背中に腕を回す。俺は右腕の『聖母様の中指レディ・ザ・インバーテツドクロス』の射出口を、背中側から俺とざくろさんの心臓の位置に押し当てた。繋ぎ目はそこにある。ざくろさんと世界を、俺と彼女を、俺と世界を繋ぐ繋ぎ目を三つ、重ねる。彼女の繋ぎ目は崩れかけている。なら、補強すればいい。


「繋ぎ止めろ、『聖母様の中指レディ』!」


 がうん! がうん! がうん! がうん! がうん! がうん! がうん!


 世界に繋ぎ止めておいた俺の命に、ざくろさんの命を繋ぎ止めて補強する。真っ白だった彼女の顔色に血色が戻り、紅い眼が光を取り戻す。


「わたし、助かった、の?」


 ぱちくりとまばたきをする彼女の頭を撫でる。


「ああ。俺たちの命は、世界に繋がってる。あんこさんが救援を呼んでくれたし、すぐ来てくれるよ。その代わり、しばらくの間このままだけど」


「そっか、そっか……よかった」


「ああ……疲れた、な……」


『はぁー……』


 二人で長く長く、息を吐く。抱き合ったまま膝をついて、ごろんと地面に寝転がった。緊張の糸が切れて、いろいろと限界だった。とくん、とくんと鼓動が重なる。


「……ねえ、聖司! 見て!」


 ざくろさんが空を見上げて指差している。つられて俺も目線と指の先を追う。


 満天の星の夜空を、流れ星がいくつも、いくつも、次々と駆け抜けていた。


「すごい。今日、流星群の予報なんてあったっけ?」


 俺は呆然と、雨のように降る星を眺める。夢の中でも見られないような光景だった。


「流れ星は、空想怪異がただの空想に戻った証なの。人のところに還るために、ああやって降るんだ。……空想怪異を退治することにはね、二つの意味があるんだって。人を守ることと、悪意と結びついて怪異になった空想を、人の願いや想いに戻すこと」


 ざくろさんが、俺の額にこつん、とおでこを合わせてきた。


「この街と世界を救ったんだよ、わたしたち。それだけじゃない、わたし、聖司にとんでもないこと言われちゃった。……責任、取ってくれる?」


 上目遣いで言われる。本当に、可愛くてしょうがない。


 ポケットを探る。よかった、箱はぐちゃぐちゃだけど壊れていない。


 彼女の手を取って、なんとかはめた。左手の薬指に、駅ビルのアクセサリーショップで買った、蝶々と柘榴石ガーネツトの指輪が光っていた。


「プレゼント、したかったんだ。似合うよ、ざくろさん。」


「ありがとう、聖司。わたしも、聖司じゃなきゃ、やだ。ずっと、一緒がいい」


 抱き合ったまま、しばらく沈黙が流れる。


 ほとんどゼロに近い距離。吐息がかかる。うるんだ紅い瞳と、眼が合う。


 彼女が、まぶたを閉じる。距離が、少しずつ近づいていく。


「好きだ、ざくろさん。愛してる」


「聖司、すき。あいしてる」


 その日、数多の空想でできた星が降る夜空の下。


 俺とざくろさんは、生まれて初めてのキスをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る