学校一の黒髪美少女が日本刀を持っていた件について
赤夜燈
桜の下で舞う少女と、心臓を貫かれた少年
第1話 桜の下で舞う少女と、心臓を貫かれた少年 1
「おおお、りゃぁぁぁぁぁあぁ!」
赤い空と黒い満月の下。
雄叫びとともに、怪物とセーラー服の少女の持った刀が交差する。
ぼどり、と少女の腕が目の前に落ちてくる。
俺は悲鳴を上げそうになった。
この光景は一体なんだ。
叫びそうな口を震える手で塞ぎ、俺は状況を整理することにした。
俺は
東京都
帰宅部。
スクールカーストに属さない、いわゆる『ぼっち陰キャモブ』である。
よし、覚えている。
俺は正気だ。少し冷静になってきた。 息を整える。四秒かけて吸って、四秒止めて、四秒吐く。どこかの軍隊が採用しているリラックス法らしい。
落ち着け。まずは状況を理解して、整理しろ。
真っ赤な空と黒い満月に見下ろされ、どういうわけか緊急通報を試みても繋がらないスマートフォンで日付と時間を確認する。
今日は二〇二三年四月四日。
今年は一日が土曜日だったので昨日、つまり三日から新学期だ。夜桜が満開の、深夜二時である。
真夜中に散歩に出たら、クラスメイトが日本刀を持って怪物と戦っていた。
現代日本、令和において明らかな銃刀法違反。
この世に存在しているはずのない怪物。
一面真っ赤な夜空。黒い満月。どれも異常でしかない。
頬をつねる。痛い。
残念ながら夢じゃあない。
正面に視線を戻す。
目をこすろうが、視線を
学校一の黒髪美少女が、セーラー服のまま、日本刀でバケモノと戦っている。
なんだこれ。
『現実だよ馬鹿が』
わかってるよ。
芸能人だろうがモデルだろうが
腰まであるつやつやの黒髪に、透き通るような白い肌。
学校指定の黒と赤で仕立てられたセーラー服が、彼女のために作られたようによく似合っている。
整いすぎているくらい整った、愛らしさと美しさが危ういほど絶妙なバランスで同居する
身長は一五〇センチ程度と小柄なのに、
腰なんか、抱きしめたら折れてしまいそうなほど細い。
小柄な身長に似合わず出るところはきっちりと出ていて、メリハリのある
黒いセーラー服とプリーツスカートが押し上げられ、裾からウエストが見えそうで見えない。
なによりも人を
自前だという、
見つめられると誰もがなにも言えなくなってしまう、吸い込まれそうな光を放っている。
スクールカーストにすら入れない異物、ぼっち陰キャモブの俺とは住む世界が違う。
かといって上位層の群れるしか能がないリア充どもとも違う。
いわゆる、漫画にしか存在しないような『孤高のヒロイン』。
そんな鬼切ざくろさんが、今、俺の目の前でバケモノと激しい戦いを繰り広げている。
もう一度言う、なんだこれ。
俺は毎日の習慣である深夜の散歩に出ていただけのはずなのに、一体どうしてこうなった。
散歩は、両親と妹が数年前に海外に行って、気楽な一人暮らしになってから始めた習慣だ。
俺はクラスどころか学校に一人も友達がいない。
クラスメイトどもと群れる気などさらさらないが、一日中喋る相手がいないとさすがに気が
だから、深夜になったら少し遠くのコンビニまでジュースと明日の朝食のパンを買いに行って、スマートフォンでSNSを覗きながら散歩をするのがちょっとした楽しみだった。
普通の高校生なら出歩くような時間でもない。
しかし俺は身長一八三センチもあるようなひょろい男だし、たぶん面倒なことにはならない。
貴重品はスマートフォン以外はパンとジュース代だけだ。
何より俺がどうなったとしても、俺自身を含めて誰も困らない。
いい季節だから夜桜でも見物しながら歩こうとしたのが悪かったのか、気づいたら俺は赤い空と黒い満月という異様な空間に迷いこんでいた。
それで、こんなわけのわからない状況に出くわしたというわけだ。
鬼切さんが戦っているバケモノは、実に気持ち悪い。
ピンク色の肉の柱に、マネキンの顔があちこちについている。
具体的には手が枝のように、脚が根っこのように茂っている。
こんなに気持ち悪い見た目なのに、不思議とどこかで見たことがある気がする。
マネキンピンク肉柱は白い手脚を伸ばして鬼切さんを攻撃する。 彼女は攻撃をかわしたり、刀でいなしたりして、
夢かと思ったし、思いたかった。
春の夜の冷たい空気を感じる肌が、漂う鬼切さんの血のにおいが、これは夢ではないと告げていた。
正真正銘、現実の殺し合い。
肌が
どれくらい時間が経っただろうか。
最初は二〇体以上いたバケモノは、今は半分ほどに減っていた。
対して鬼切さんはたった一人である。多勢に無勢であることに変わりはない。
彼女は右腕の肘から下をなくしていて、一目でわかるくらい全身ずたぼろだった。
ぐらり、バランスが崩れてとうとう膝をつく。
「ここは一旦、お
どこかから、若い女の人の声がする。
もちろん退却すべきだ。俺は全面的に同意する。
腕が千切れて全身ずたぼろで、おまけに多勢に無勢。
ひとりでこんなに戦う必要なんかない。
これがボクシングの試合で俺がセコンドだったら、とっくにタオルを投げている。
けれど、鬼切さんは首を横に振った。
「だめ」
左手一本で、刀を支えにして立ち上がる。
「わたしじゃなきゃ、こいつらを殺せない。わたしが、全部やらなきゃ。殺さなきゃ」
「しかし、このままでは死んでしまいます! あなたは……」
「かまわない!」
鬼切さんが女性の言葉を遮り、悲鳴のように叫んだ。
俺はその響きに、びくりと身体をすくませる。
彼女は、本気で死んでもいいと思っている。離れた位置にいる俺にも伝わってきた。
「みんなを守れるなら、わたしなんか死んだって、どうなったっていいんだ!」
痛みをこらえて歯を食いしばり、ぎろりと怪物たちを
その眼光は、学校で見たどんな鬼切さんより、まっすぐで、孤独で。
なにより、綺麗だった。
ああ。目が、離せない。
俺は、自分が鬼切さんにどうしようもなく惹きつけられているのを感じていた。
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