第17話 丑三つ時の初陣 2
高層階まで一気に上るエレベーターに乗ったときのような浮遊感を伴う転移から、俺とざくろさんは見慣れた校庭に着地する。
「ここは……学校……?」
「そうだね、わたしたちの高校だよ。あんこ、いるね?」
俺たちが通う、私立京極高校。その校庭が今夜の戦いの場所らしい。
「ここにおりますわ、御嬢様。それとあなた」
あんこさんが、並んで校庭の真ん中に佇む俺たちの足元にすりすりと頬を寄せる。
「探知魔法を使います。動かないでくださいまし。――探知、開始」
俺は頭を動かさずに、深夜の校庭に視線を走らせる。午前二時の高校といえば、俺が生まれるだいぶ前、一九九〇年代あたりまではホラー映画や怪談の舞台だったという。
ピンとこないほど大昔だ。スマホもネットもなくて、どうやって生きてたんだ?
今は、警備会社がとSNSが全ての怪談を駆逐してしまった。少しでも妙な外見のモノがいたらすぐさま画像つきで拡散される。場合によっては不審者が出たとして警察が動く。
校舎を見る。白い、城のような設計の校舎だ。もし校舎内に侵入すれば、俺もざくろさんも空想怪異もたちまちお縄だ。あくまでも校舎内に侵入すれば、の話だが。つまり、今回の空想怪異は校庭にいる。
俺たちが立っているこの校庭に、敵がいる。
「空想怪異観測。数、五〇。囲まれていますわ! お二人とも、構えて!」
あんこさんの声に、俺ははっとした。
「か、構えてって……俺、武器とかないんだけど!」
「気合いでなんとかなさいまし!」
「よおし、どうにもならなそうだ!」
「大丈夫だよ」
横にいたざくろさんが音もなく、一歩前に出た。
ざわざわと、校庭の周囲に植えてある満開の桜の木がいっせいに風で揺れる。
風? おかしい、風なんか吹いていない。それに全部の桜の木が揺れるなんて、不自然だ。
桜の木だけが、生き物のように動いている。
ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ。
満開の桜が、姿を変えた。幹は桜色の肉の柱になり、マネキンの顔がいくつもついている。花のついた枝は無数の白い腕に変わる。根は無数の脚になり地面から出て迫ってくる。
「ゆうべの、マネキンピンク肉柱!?」
あんこさんの言ったとおり、数はざっと見て五〇。くそ、多い。
「ざくろさん、こいつらなんなんだ!? 桜の木、だったものに見えるけど、そんなものも空想怪異になるのか!?」
「『水木区の桜は人を喰う』……覚えてない? 聖司」
彼女の静かな一言に、俺は気づく。
★
「ねえ知ってる? 水木区の『人喰い桜』の
「『人喰い桜』? なにそれ」
「『水木区の桜は人を喰う』……このあたりに伝わる都市伝説ってやつ。夜の桜に近づくと、手が伸びてきて埋められて、桜の養分にされるんだって」
★
昼間、小耳に挟んだ会話を思い出す。なるほど、繋がった。
「こいつらは、水木区の『人喰い桜』の都市伝説か!」
「正解。春って、どうしても不安になる季節でしょ? 入学とか、進級とか、大人だったら就職とか。そういう不安とかが『人喰い桜』の形になって、毎年発生するってわけ。……あんこ、お願い」
「かしこまりましたわ。お二人とも、
あんこさんの声とともに身体が淡く光り、急に軽くなる。
「聖司。キミはもうとっくに『初月』を迎えてるんだ。でなきゃ、死んでる。あとは『やるか、やらないか』。『戦う意志と手段がそこに在ると認めるか、認めないか』それだけだよ」
どんどん迫ってくる人喰い桜の群れに動じずに、ざくろさんが言葉を
不思議と落ち着く、けれど鋭い声だった。
「できなくても、わたしがやるから。おいで、『
ざくろさんの制服の腰に巻かれたベルトに差さる形で、一振りの日本刀が現れる。
しゃらん、と。
彼女は迷わず、刀を抜いた。
「空想怪異は、わたしが殺す。わたしが、やらなきゃ。みんなを守るために、殺さなくちゃ」
自分に言い聞かせるように呟いて、ざくろさんは駆け出そうとする。
「ざくろさん!」
俺は、走り出す寸前で彼女を呼び止める。どうしても、訊きたいことがあった。
「どうして、ざくろさんは戦えるんだ? あんなバケモノ相手に……怖く、ないのか?」
俺が彼女の代わりに心臓を貫かれた夜のことを思い出す。右腕を失って、全身ボロボロの状態で戦っていたざくろさんは、痛々しかった。彼女がそこまでするだけの価値が人間にあるのか。俺にはずっと、気に掛かっていた。
ざくろさんが、俺を見て笑う。ひどく寂しい、無理をしていると一目でわかる笑みだった。
「怖いよ。今も昔も、ずっと怖いし、痛いし、辛い。けど」
彼女は、今にも泣きそうな顔で、それでも微笑む。
「わたしには、戦うことしかない。戦ってみんなを守ること以外、わたしにできることはないんだ。他には、なにもない。だから、わたしなんかいくら怪我したって、死んだっていいんだ」
それだけ言って、ざくろさんは人喰い桜の空想怪異に向かって突っ込んでいった。
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