第五章 丑三つ時の初陣

第16話 丑三つ時の初陣 1

 俺は普段通りにベッドで寝た、はずだった。戦うのは真夜中だから十分に睡眠をとるようにとざくろさんに言われたからだ。


 心臓がざわついて、目を開ける。枕元のデジタル目覚まし時計に視線を移す。二〇二三年四月五日、午前一時五五分と表示されている。


「……あー、結構寝たな……」


「おはよう。起きた? 寝顔、意外と可愛いんだね」


「のわぁあぁあぁぁぁぁぁああぁぁあぁあぁあ!?」


 ダブルベッドの横、春用の布団の中でざくろさんがベッドに肘をついてこちらを見ていた。


「大きな声出さないの、近所迷惑になっちゃう」


「だったら心臓に悪い真似をしないで……」


「誰の心臓使ってると思ってるの。ちょっとやそっとじゃ止まらないよ、わたしの心臓なんだから」


 そうだった。俺の心臓は文字通りざくろさんのものを半分分け与えられている。返す言葉もない。


「きみのベッド、寝心地いいね。わたしも久しぶりによく寝たよ」


 うーん、と彼女が伸びをする。ざくろさんが今着ているのは、俺の収集している文字Tシャツだ。


 驚くべきことに彼女は私服というものを持っていない。理由を訊くと、今までホテルを転々としていたから、荷物をそんなに持てなかったという。そんなわけで俺が貸した黒地に赤の筆文字で「外道」と書いてあるTシャツを、ざくろさんはワンピースのように着こなしている。


 ズボンなどを貸そうと思ったのだが、全部ウエストがぶかぶかでずり落ちてしまい、下はおみ足がむき出しだ。ちょっとどころじゃなくグッとくるな、これ。


「グッとくるって、なにが?」


「いやあのすみませんなんでもないんです」


 思考がいつの間にか伝わっていたらしい。俺は赤面しているのを悟られないよう顔を逸らした。ざくろさんは不思議そうにしていたが、すぐに切り替えたらしい。ベッドから降りる。


「じゃあ、制服に着替えて。あんこが綺麗にしておいてくれたから。五分後に、空想怪異がいる場所に転移するよ」


「制服でいいの? もっとなんかこう、武装とかするのかと思ってた」


 俺の疑問に、ざくろさんは無表情で答える。


「制服がいいの。昼間も言ったでしょ? 制服は学生わたしたちにとっての正装だから、戦装束としての役目も果たすんだ。あんこの強化魔法バフもかかりやすい」


 へえ、と俺は感心する。そういえばそんなことを投げ飛ばされている合間に聞いたな、と思い出した。


「じゃあ、わたしも着替えるね。よいしょっと」


「ちょ、ちょっと待ってざくろさん! 俺は外に出て着替えるから、頼むから俺が出た後に着替えて! お願いだから!」


 Tシャツの裾に手をかけ、今にも脱ごうとしている体勢で「なんで?」と首をかしげる彼女を置いて、俺は自分の制服をハンガーから引っぺがした。振り返らず、急いで部屋を出る。


 扉を閉めて、ずるずるとその場に座り込んだ。真っ赤になった顔を押さえてため息をつく。


「……危なかったぁ……無防備すぎる……頑張れ俺の理性……」


 ざくろさんは下着を上下ともに身につけていないのだ。無防備とかそれ以前の問題だ。俺を信用しすぎている。少し、というかかなり刺激的すぎるぞ。どんな育て方したんだ、『旦那様』。


「あなた、意外と紳士ですのね。褒めてさしあげますわ」


「……そりゃ、どうも。あんこさん」


 頭の上にざくろさんの制服をのせて俺の部屋に入るあんこさんとすれ違う。ドアは魔法かなにかなのか、勝手に開いて閉じた。


 俺は急いで着替えを始めた。

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