第19話 丑三つ時の初陣 4


 数時間後。東の空が白みかけた、私立京極高校の校庭で。


 俺とざくろさんは二人並んで、完全に脱力して校庭の真ん中に寝っ転がっていた。


 人喰い桜の姿はもうない。全て俺たちが、殺し尽くした。


「ふぁー……」


 ざくろさんがため息をつく。


「あぁー……」


 俺もつられて、深く息を吐く。

 初めての実戦。五〇体の予測不可能な動きをする、人型ではない敵。正直言って多すぎだ。


『葬儀屋』も疲れたらしく姿を消している。


「あー……俺、もうここで寝たい……丸一日寝たい……ざくろさん、帰って寝よう……一日寝ないとダメなやつだよこれは……」


「だめだよ聖司、学校さぼっちゃ……わたしも寝たい……っていうか眠いけど……ふわぁ……」


 ざくろさんが大きくあくびをする。


 目の前に黒猫さんの顔がいっぱいに広がる。あんこさんだ。ぽん、と肉球のついた足が俺の額に乗った。くすぐったい。


「お疲れ様ですわ。御嬢様。それと……聖司様。今までの無礼の数々、お許しくださいませ」


「聖司でいいよ、あんこさん。接し方もいつも通りでいい。堅苦しいのは好きじゃあないんだ」


「それは……その……顎を撫でるのはおやめくださいまし……いや……やめないで……ゴロゴロゴロ……ゴロゴロゴロ……」


 寝そべったままあんこさんの顎を撫でていると、俺の上に影が落ちる。


「さーて、と」


 ざくろさんが、立って伸びをしていた。


「そろそろ帰ろう。聖司、あんこの回復魔法は本当にすごいよ。今からちょっと寝るだけでも疲れとか怪我とか全部治っちゃうんだから。……それと、聖司。よく聴いてほしいんだけど」


 彼女が、真剣な顔になる。


「キミは、とても強い。自覚がないかもしれないけれど、キミの異能は一般人にしては考えられないくらい規格外なんだ。異能っていうのは魂のかたち、人生そのもの。だから普通の人間は、戦うことなんか考えない、……でも、キミは違う。あんなに戦闘に特化した、強力な異能が『初月』で出てきたのは……たぶん、いろんなことが、あったんだと思う」


 俺は斜め上に視線をもっていき、今までのことを思い出す。


 思い当たる節はあった。


 相手を『抉り貫く』または『繋ぎ止める』ことに特化した『聖母様の中指パイルバンカー』。


 サッカー部員とやりあったときにイメージした白い杭。暴力を欲していたこと。友達を、ざくろさんを、繋ぎ止めたかったこと。漠然と感じていた孤独感。

 なるほど、しっくりくるわけだ。

 ざくろさんが、震える声で続ける。歩きながら、俺の頭の横までくる。


「だからね、聖司。キミさえよければ、これからも一緒に戦ってほしいんだ。わたし、独りだったから……独りだと、突っ走っちゃうから、いつも大怪我してたの。キミが一緒だと安心できる。聖司と一緒なら、頑張れるって思えた。わたしには、キミが必要なんだ。……その、今日は痛かったし、怖かったと思うけど……それでもいいかな、頼める、かな……聖司」


 彼女がしゃがんで、恐る恐るといった調子で、俺に手を伸ばす。異能で武器の日本刀もなく、制服も身体もずたぼろで、自慢の黒髪もぐしゃぐしゃだ。顔は泥だらけ、全身血まみれ。本当に、鬼切ざくろは、この世の誰より美しい。俺は迷わず彼女の手をとって立ち上がり、頭を撫でた。


「……ふわぁ……」


 ざくろさんが、頬を赤くして心地よさそうに目を細める。


「俺と、俺の異能でよければ。きみが嫌だと言っても、最後の最後まで一緒に戦うよ。だから、改めて。これからもよろしく、ざくろさん」


「……うん。よろしくね、聖司」


 俺はずっと抱いていた疑問を口にした。


「ざくろさん、今まで一度も誰かに助けられたり、一緒に戦ったりとか、なかったのか?」


「ないよ。一回もない。わたしなんかを助けてくれたのも、褒めてくれたのも、撫でてくれたのも、命懸けで守ってくれたのも、聖司だけ。だからわたし、聖司のためならなんでもするね!」

 笑顔で言うざくろさんに、俺はどうにもやるせない気持ちに支配された。


「やめなさい、マジでやめなさい。なんでもなんて、しなくていいんだ。俺はそんなことのためにきみを助けたわけじゃあない」


 俺は徹頭徹尾、自己満足のためだけに彼女を助けたのだ。自分の意志で巻き込まれ、自分の意志で戦っている。対価なんて、彼女が払う必要はない。


「なんで? うみゅ」


 俺はざくろさんの頬を引っ張る。まったくこの女の子は、危なっかしくて放っておけない。


 自分のことを大事にしない彼女を大事にするために、俺は自分から巻き込まれたのだ。


「女の子がそういうことを軽々しく言うもんじゃありません! うわ、ほっぺもちもち」


 目の前で不思議そうに首を傾げる彼女は、危うすぎる。助けられたことも褒められたことも撫でられたこともないなら、俺がやる。ざくろさんがみんなを守るなら、俺が彼女を守るだけだ。俺は決意した。


 転移の瞬間、視線を感じた気がしてあたりを見渡す。


 視界の隅に、黒い影が見えた気がした。

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