第4話 桜の下で舞う少女と、心臓を貫かれた少年 4

「くろばね、せいじ……」


 黒羽聖司、だったか。鬼切ざくろは彼の名前を覚えていた。


 教室の後ろの席に座っていて、背の高い男の子だった。


「……やさしい、ひと」


 ざくろは呟く。


 自分を助けようなんて人間、この世のどこにもいなかったのに。

 そう、自分の親代わりの男だって、助けようとはしてくれなかった。

 むしろ逆で、お前は強いのだからどうなろうと他人を助けろと教えられてきた。




「王子様もヒーローもいないよ、ざくろちゃん。君は誰より強いんだから、君を助けられる人間なんているものか」


 親代わりの男の口癖だった。実際、彼も生活費の援助はしてくれるけれど、その代わりにと五歳のときから、ざくろはあやきりを振るっていた。


 生まれたときから側にいたのはこの日本刀だけだし、怪我をしようが死のうが代わりはいくらでもいる。助けなんてない。自分は誰かのための消耗品だと、そう思って生きてきた。


 けれど、黒羽聖司だけは違った。


 一度だけ、話したことがある。


 そのときも、ひどく怖い思いをしていた自分に優しい言葉をかけてくれた。

 嬉しかったのを、覚えている。

 やさしいひと。そのひとの体温が、どんどん失われていく。

 ざくろは知っている。人が死ぬときはいつもこうだ。


 けれど、ああ、けれど。




「嫌だ」


 鬼切ざくろは、自分の本心を口にする。


 彼にだけは、黒羽聖司にだけは、生きてほしい。


「……あんこ」


 先ほどまで自分に制止を促していた従者を呼び出す。


「ここにおりますわ、お嬢様」


 す、と透明な空間から黒猫が現れた。

 当然のように流暢な日本語を喋っている。親代わりの男に拾われたときからこうなので、違和感などはない。


「ああ、心臓が潰れていますわね。おいたわしい」


「心停止から五分だっけ」


「お嬢様? 何を」


 酸素が脳に行かなくなれば、死んでしまう。五分はとうに過ぎていた。


 けれど、自分には蘇生に近い回復魔法を使える頼もしい従者がいる。


 迷いなく、ざくろはセーラー服をばさりと脱いで、上半身裸になった。


「お嬢様!? 何をなさっているのです!?」


「あんこ。わたし、わがままを言うね。……殺斬あやきり


 呼び出した日本刀を、裸になった自分の胸に突きつける。


 大丈夫。自分なんて、いつ死んでもかまわないのだから。


「わが、まま……!? お嬢様、まさか、いけません! 取り返しがつきませんよ!?」


「いいんだよ。あのね、お願い。わたしはこのひとに、黒羽聖司に、死んでほしくない」


 それだけ言うと、鬼切ざくろは表情ひとつ変えないまま、刀を握る手に力を込めて。




 自らの心臓を、抉り出した。



 ああ、死んだらどうしようなあ。鬼切ざくろはぼんやりと考える。


 叱られるかもしれない。けれど。




「おねがい、……しなせないで、おねがい、おねがい」


 このひとがいってしまうのだけは、嫌だ。






「おねがい、いかないで」


 それだけ言って、鬼切ざくろは目を閉じた。


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