第二章 黒羽聖司という少年
第5話 黒羽聖司という少年 1
人は死ぬときに走馬灯を見る、というのは本当らしい。
俺が一人暮らしになったのは中学三年生の終わり、東京都水木区でも一番の進学校、私立京極高校に推薦入学が決まると同時期のことだった。
両親が妹をアメリカの大学に行かせるために、俺を置いて海外移住した。
生まれたときから、育てられた覚えもない。高校までの学費と生活費は出してやるから、卒業したら出ていけとの置き手紙が置かれていた。
俺は、晴れて気楽な一人暮らしの身分を手に入れた。
水木駅から徒歩一〇分、私立京極高校から徒歩一五分の住宅街にある一軒家。
一人で住むには少々広いが、慣れてしまえば快適な暮らしだった。
やたら背が伸びてなお成長期真っ盛りだった俺は、スクールカーストの最下層ですらない、層にすら入れない異物である『ぼっち陰キャモブ』に着地した。
グループ作りお友達作り、連絡先の交換、全てがくだらない。一人で行動したほうが気楽だ。どうしてわざわざ嫌な思いをしてグループなんかに入らなければならないのだ。
小学生の頃から人の輪に入るのが嫌で、ずっと一人でいた。そこらの凡俗に陰口を叩かれようが痛くも痒くもない。 どうでもいい人間どもとうじゃうじゃ群れるのがクソ面倒くさい。
世捨て人のような性格をしている、自分はぶっ壊れているという自覚はある。
『嘘を
黙っていろ、と俺は頭の中の声に悪態をつく。
俺がぶっ壊れているなによりの証拠が、この『頭の中で話しかけてくる奴』だ。
いつからいるかわからないが、俺の唯一の友達だった。いわゆるイマジナリーフレンド、もしくは別人格である。
そんなものとの脳内会話が癖になっている高校生なんて、精神的に健全なわけがない。
だが、俺は俺がぶっ壊れていることを自覚している。その分だけまだまともだ。
リアルでの人付き合いなんて煩わしいだけだ。どうせ、社会に出れば面倒くさいコミュニケーションを嫌でも要求される。学生のうちくらい、嫌なことを避けて通ってなにが悪い。
『俺はリアルではいわゆるぼっち陰キャモブだ。だが一向にかまわない。気が合わないリアルの他人より、ネットで気が合う友人と話しているほうがよっぽど有意義で楽しい』
そんなようなことを、とあるSNSに書き込んだことがある。
俺はSNSは積極的にやっていた。ネットでの人付き合いは、嫌になったらブロックできる。
話の合う相手と集まれるし、顔を合わせる面倒くささもない。
俺はリアルでの人付き合いを最初から放棄して、休み時間はもっぱらスマートフォンを眺めていた。実に快適だった。
予想外だったのが、同学年の人間で俺に話しかけてきた奴がいたことだ。
「一組の黒羽聖司くん、だよね。よかったら、お昼一緒に食べない?」
購買でパンを買った後、階段の下に座り込んだら先客がいた。
俺に比べたら背が少し低いが、小柄ではない。
ふっくらとして、近視用の眼鏡をかけている。俺は頷いた。
「ありがとう! 僕、三組の
嬉しそうに天野は笑った。裏表のない笑顔に、こいつは良い奴だと俺は判断した。
天野は漫画研究会に入っていた。漫研の部室で俺たちは昼飯を食べるようになった。
俺は作るのも面倒だから購買でパンを買っている。
天野の昼飯はいつも手の込んだ弁当で、毎日なにかしらおかずを分けてくれた。どれも美味しくて、あたたかい味だった。
「ねえ黒羽くん。今週の『人斬り悪役令嬢』読んだ?」
「おー、読んだ読んだ。あれはヤバかったよな」
天野は漫研に入っているだけあって漫画に詳しい。
俺は漫画にアニメ、ゲーム、小説、どれも好きだった。
見る専だが漫画やイラストをアップするSNSにもアカウントを持っているし、好きなイラトレーターや漫画家を結構な数フォローしている。
天野は、時々自分で描いた漫画や絵を見せてくれた。
荒削りだが絵は上手かったし、漫画も面白い。俺は素直に感想を言った。
天野とは話が合った。俺たちは昼食を食べ終わると、いつも他愛のない話をして昼休みが終わるまで過ごした。大半が漫画やアニメの話だった。
おそらく天野は、クラスの漫画好きグループにも入れないでいることは想像がついた。
俺からしてみればそんなことはどうでもよかった。純粋に楽しかったからだ。
天野が、いじめで自分の部屋から出てこられなくなるまでは。
生徒指導の
俺はなにも答えられなかった。
なにも知らなかったし、知らされていなかった。
天野はいつもふにゃっとした笑顔で、いじめられているなんて様子はちらりとも見せなかった。
天野は三組のサッカー部員を中心にクラス全体からいじめられていて、昼休みだけは漫研の部室に避難していた。
女子からは陰口、カツアゲ、見るも無惨な動画を撮影されてアップロード。
男子からは主に暴力。
ご家族は刑事と民事の両方で訴訟の準備を進めているらしい。
いじめの内容は聞いていて吐き気を催すほどに凄惨なものだった。
そんなことにすら気づけないまま、俺はあいつとくだらない話をしていた。
連絡先も交換していなかったから、学校に来られなくなった天野とは話すことすらできない。
天野は、一年三組の『異物』としてめでたく排除された。
クソッタレだが担任もいじめの加害者だったそうだ。
次の標的は誰か? 決まっている。三組に生贄はもういない。加害者はいつだって次の『排除してもいい厄介者』を探している。
ここに最適な人材がいる。
天野昴という背が高いけれど引っ込み思案な女の子と仲良くしていた、この俺だ。
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