第25話 春と修羅、ふたり 6

 俺は基礎的な戦闘能力が低い。長い間ひとりで空想怪異と戦ってきたざくろさんには、及ぶはずもない。かといって、足手まといになるわけにはいかない。


 俺たち二人は心臓を共有している。俺が死ねば彼女の力が半減する。逆も同じだ。

 戦闘能力で並び立つのは無理だ。ならば、能力の応用でサポートすればいい。

 ざくろさんが素振り千本をしていた横で模擬戦をし、経験値を積むのと同時に、応用技を磨いていたのだ。彼女をこの世に繋ぎ止めておくためだけに、修行をしていた。


 ざくろさんは群がるくねくねを斬るのに夢中になっているが、よくよく見ればくねくねは全く減っていない。むしろ傷ついているのは彼女のほうだ。左腕の肩から下がなく、左脚の太もももざっくりと切れている。他にも全身ぼろぼろで、出血量もかなりのものだ。まずい。あの血の量だと、一刻も早くあんこさんに回復を頼まないと命がない。くねくねを全滅させたとしても無事に帰れる保証がない。


 異能は『やるか、やらないか』だと、かつて彼女は俺に言った。なら、やるだけだ。


 くねくねが、ざわざわとざくろさんに向かってなにかを囁いた。彼女の首がぐるりとこちらを向く。


「あは。あんなところに、黒いくねくねがいる。……あれを、斬ればいいんだね?」


 ぎろり、とざくろさんの紅い目が俺を射る。ロックオン、された。ならばやることは一つ。


「う、おぉぉぉ、りゃあぁぁぁあぁ!」


 走り出す。標的を俺に変えたざくろさんが追いついてくる。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハ! コロス!」


「そういうわけにはいかないからちょっとだけ待っててざくろさん!」


 俺は左腕で『あやきり』を受け止めた。腕は切断されるが、それどころではない。


「クソがぁぁ! これでも喰らえ、おらあ!」


 更に加速してざくろさんを振り切り、放射状に杭を射出。周囲のくねくねを一掃する。とにかく今は、彼女から離れなくてはならない。これ以上彼女に俺を傷つけさせるわけにはいかない。俺なんかのためじゃあない、俺を斬ったことで傷つくであろう、ざくろさんのためだ。


 悲鳴のような、彼女の思考が心臓を通して伝わってくる。


(ころす)(みんな)(みんなみんな、わたしがまもらなきゃ)(みんな)(このまちの、せかいのみんな)(だいじな、みんな)(まもらなきゃ)(わかんない)(ころす)(わたしがやらなきゃ)(まもらなきゃ)(ころさなきゃ)(でないと)(でないと)(でないと)(でないと――)




「……わたしがいきてる、いみなんてない……さみ、しい……さみしい、さみしいよぉ……」




 鬼切ざくろは、笑いながら泣いていた。寄る辺のない、迷子の童女のように。


 ひとりぼっちで、寂しくて、自分を粗末にして、泣いていた。


 俺の怒りは頂点に達する。空想怪異に対する怒りより大きな、不甲斐ない自身に対する怒り。


 同時に閃きが降ってくる。

 まだ試作段階だった、俺の応用技の中でも最もリスクを伴うもの。


 今使わずにいつ使う。




「クッッッッソざけんなあぁぁぁあぁぁあぁああぁぁ!」


 俺は、腹の底から叫ぶと。


「『聖母様の中指レディ・ザ・インバーテツドクロス』!」


 右腕の戦術杭打機パイルバンカーを自分の頭へ押し当てて。


「おらあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁあ!」


 特別製の小さな杭で、自分の脳天を抉り抜いた。





  ★





 頭の中がクリアになる。空き地を埋め尽くしていたくねくねは、嘘のように消えていた。


『嘘のように、じゃあねえ。最初っから嘘だったんだろ。陰謀論なんだから、嘘まみれだ』


「はー、はー、……っ、ははは。そうだな、その通りだ」


『気づくのが遅い。俺の出番が減っただろうが、相棒』


 後ろから俺の頭の横に頬を寄せて、俺の相棒が言う。黒いシルクハット、髑髏面に燕尾服タキシード、ハイヒールを履いた男が、黒い傘を開いてくるくると回している。


 悪かったよ。お前がいないのに気づかないなんてな、『葬儀屋』。


『全くだ。寂しくて泣いちゃうところだったぜ』


「はは、ははは!」


 俺はたまらず笑い出す。


 杭は、ただ抉り貫くものではない。繋ぎ止めるためのものでもある。


聖母様の中指レディ・ザ・インバーテツドクロス』のもう一つの能力、『繋ぎ止める』ための杭だ。


 俺は、脳味噌の『正気』を、杭で繋ぎ止めた。ただ、それだけ。全身の痛みは我慢できる程度だ。ざくろさんに比べれば、なんてことない。


「『聖母様の中指レディ・ザ・インバーテツドクロス』、行け! 照明杭スポツトライト!」


 放った杭は、ただの灯りだ。空き地の真上で止まり、一帯を明るく照らす。


「コソコソ隠れやがって。そこにいたのか、クソッタレ野郎」


 俺は、空き地の隅でうろたえていた、最初に俺たちの目の前を横切った黒い着物の人間。


 ただ一体、実体のある『黒いくねくね』を見つけた。



 最初からおかしかったのだ。俺たちが見つけたけれど、あんこさんの探知に引っかからなかった、黒い着物を着た人物。侵食された空間の中、存在したはずなのに煙のように消えた。


 直後、大量のくねくねが現れた。


 くねくねの伝承、その一。


『白いが、まれに黒い個体もいる』。


 その四。


『くねくねの詳細が見えて、それがナニモノであるか理解したが最後、途端に精神に異常をきたす』。


 俺たち三人は最初から、この黒いくねくねによって精神攻撃を受けていた。


「『聖母様の中指レディ』、やれ。『かげぬい』」


 俺は、ざくろさんと『黒いくねくね』の影を杭で繋ぎ止める。『照明杭スポツトライト』でくっきりと浮かび上がった影だ、防ぎようがない。


「ぅ、アァ……?」


「ギギッ!?」


 これで、彼女もくねくねも動けない。今の俺は正気を繋ぎ止めているから、精神攻撃も通じない。俺は黒いくねくねに歩み寄る。


「ギギッギ……! ギギギギ……!」


「お前がなにを言っているかわかるよ。命乞い、だろう?」


『そうだよな、死ぬのは怖いよなあ。なあ相棒?』


『葬儀屋』が嬉しそうだ。くねくねの精神攻撃で真っ先に封じられていた俺の別人格は、出てこられたのがよほど楽しいらしい。俺も楽しいぜ、相棒。


「だからこそ、テメェは殺す。くたばれ、ドグサレ野郎」


 たった一体だった本物のくねくねが、黒い塵となって消えた。




  ★





 くねくねを殺したのと同時に、ざくろさんが倒れた。俺も倒れたかったが、彼女を放っておくわけにはいかない。ざくろさんに駆け寄って、頭を支えて抱き起こす。あんこさんも寄ってくる。


 ざくろさんが、うっすらと目を開けた。俺はざくろさんの頬に触れる。あたたかい。体温がある。


「せい、じ……あん、こ……」


「動かないで、ざくろさん。出血がひどい」


「応急処置をしますわ。血を止めている最中ですから、どうか静かに」


「せいじ……せい、じ、聖司、うわぁぁぁぁあぁん!」


 ざくろさんがぼろぼろと涙をこぼしながら、すごい力で抱きついて押し倒してきた。


「ちょっとざくろさん! 動くなって! 血! 血が!」


「御嬢様! 動かないでと言ったではございませんか!」


「ごめんなさい! ごめん、ごめん、ごめんなさい! わたし、聖司のこと、こ、殺そうと、なんて……よかった、聖司が生きてて、よかったよぉぉぉ! うわぁあぁん!」


 押し倒された俺の顔に、血と涙が降ってくる。顔をぐしゃぐしゃにしてしゃくりあげる彼女の頭を、右手でそっと撫でた。


 本当に、危うい。俺なんかより、自分のほうが大怪我なのに。

 戦っている間に伝わってきた、ざくろさんの痛々しい思考。


『……わたしがいきてる、いみなんてない……さみ、しい……さみしい、さみしいよぉ……』


 笑いながら泣いていた彼女を思い出す。心臓が潰されたときより苦しくなった。


 俺は、彼女の頭を撫でながら笑ってみせる。


「ざくろさんが生きてて、本当によかった。戻ってきてくれて、ありがとう」


「聖司こそ。ごめんね、本当にごめん」


「もう謝るの禁止。禁止ったら禁止。終わったことは引きずらない。帰って休もう。今日は土曜日だし、のんびり寝よう。あんこさん、転移と治療、お願いできるか?」


「かしこまりましたわ。お二人とも、こんな無茶はもうしないでくださいまし。それと傷が広がりますので、土日は絶対安静ですわよ。……あら? 妙、ですわね」


 あんこさんがすんすん、と鼻を鳴らしてあたりを見渡す。警戒しているようだ。


「あんこ、どうしたの? また敵?」


「いえ、同族のにおいがしたものですから。そんなことより、帰還いたしましょう」


 俺は片腕で彼女を抱きしめる。よかった、繋ぎ止めておけた。安堵のせいか、少し眠い。


「ざくろさん。生きててくれて、ありがとう」


 腕の中の小さな身体に、俺はそっと告げる。紛れもない、本心だった。


「きみが生きててくれれば、俺はそれでいいんだ。……もう、自分を粗末にしないでくれ」 




 俺たちは、いつものように三人で、家に帰る。

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