第26話 春と修羅、ふたり 7

 赤い空も黒い月もくねくねも、守護者たちももういない。東京都水木区郊外の、さっきまでくねくねと守護者が死闘を繰り広げていた空き地の隅に、一台のハーレーダビッドソンが停まって、エンジン音を上げていた。


 グルルルルルルル……。グルルルルルルル……。


 よくよく聴いてみれば、その音はエンジン音ではない。ハーレーダビッドソンには誰も乗っていないし、エンジンもかかっていない。動くはずのないバイクは、静かに、滑るように動き出す。


 グルルルルルルル……ウニャオンッ!


 動き出したハーレーは一声吠えると、燃え盛る炎をまとって宙へと駆けた。猫科の動物のようにしなやかに、屋根から屋根へ、電柱から電柱へ。風を切って水木区の夜空を自在に駆けまわり、主のもとへと舞い戻る。


「よぉ、しや。どうだった」


「グルルルルルルル、にゃぉおぉぉん」


 ハーレーダビッドソン、の姿をした妖怪、火車は目的の場所へと辿り着いた。

 東京都水木区の中央区画にある高級ホテル、最上階をワンフロア貸し切ったスイートルーム。


 バルコニーには一人の影があった。


 総白髪に褐色の肌、筋骨隆々の若者である。トライバルタトゥーの青年は椅子に座り、日本酒をちびりちびりと呑んでいた。


 火車、とは古くから伝わる日本妖怪である。屍をさらう燃え盛る炎をまとった車、または巨大な化け猫とも言われている。ハーレーダビッドソンに変化した火車であるが、そのどちらの特性も備えている空想怪異だ。先ほどあんこが嗅ぎとった『同族のにおい』は、紛れもなくこのハーレーダビッドソンに変化した化け猫のにおいであった。


「うにゃおぉおぉん、にゃおぉぉおぉん」


 嬉しそうな声を出しながら、炎に包まれたハーレーダビッドソンが青年にすり寄る。


「そぉーかそぉか。よしよし。……『くねくね』の精神攻撃を破ったか、厄介だなァ。やっぱり小僧が邪魔、かァ。逆を言えば、小僧をどうにかしちまって、日本刀の嬢ちゃんを独りっきりにしちまえば、あとはどうにでもなるてこと、だよなァ」


 青年は、にやにやと笑う。


「いーいこと、思いついたぜ。やっぱ情報は鮮度が大事、って奴だ。さァて、鬼が出るか蛇が出るか……なんつって。出る化物モノは決まってるんだけどなァ」


 ハーレーをぽんぽんと叩いてやりながら、青年は部屋の中にある碁盤とスマートフォンを視線だけで自分の元へと持ってくる。念動力サイコキネシス。青年が持つ数多の異能のうちの一つに過ぎない。


「次は、こうだ。……あーあ、まァた借りを作っちまう」


 褐色の指で碁盤と水木区の地図の上に石を置き、スマートフォンで通話をかける。


「なぁ、『先生』。ゴールデンウィーク、デートしねェか?」


 碁盤の白い石がふたつ、その間には、一つの黒い石が置かれていた。



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