第38話 夜を行く 3

 俺は住宅街の中にあった、水木駅にほど近い空き地で足を止めた。


 ここに、ざくろさんがいる。心臓の鼓動で、場所がわかる。ぬらりひょんの懐の中に、彼女が閉じ込められている。


 俺は目を閉じて、開く。


「『聖母様の中指レディ』、ブチ抜け」


 心臓の鼓動に合わせて、見えた継ぎ目。狙うは、ただ一点。そこに、彼女がいる。

 俺は杭を射出した。透明な空間がひび割れる。黒い、底の見えない穴が空間にできる。


「なんだ。生きてやがったのか、しぶてーな、ガキ」


 豊かな総白髪とちらりと見えるトライバルタトゥー、筋骨隆々の身体の上には着流しと黒い羽織、からんころんと鳴る下駄。周囲には鬼火をまとって、空中からじろりと俺を睨み据えている。


 おかしい。


 こいつと世界との繋ぎ目が、ぐにゃぐにゃ動いていて捉えられない。


 淡くなったり濃くなったりで、存在しているのかどうかすら曖昧だ。

 日本妖怪の総大将、百鬼夜行の主。ぬらりひょんが、そこにいた、


「ざくろさんを、返せ」


 俺は一言だけ言って、右腕の『聖母様の中指パイルバンカー』を構える。



「おいおい、そりゃァ乱暴じゃねェかァ? 俺ァ……」


やかましい」


 俺は杭を射出する。刺さった箇所に、ぬらりひょんの顔色が変わった。


「そこだな」


 にやりと笑い、青年が動く前に杭を連射する。


「待て待てちょい待てガキ。年上を敬えっつーの」


「うるせえ。お前は俺を轢くとき待ったか? 敬う理由が一つもねえよクソ野郎が」


 ただ一点めがけて、俺は杭を射出し続ける。ぬらりひょんが空き地のあちこちに転移しても無駄だ。この空き地から逃げようとしないということは、ここがこの土地の霊脈ってやつだ。こいつがここで百鬼夜行の指揮をとっている限り、動けないんだろう。


 俺は撃ち続ける。その向こうに、ざくろさんがいる。


 がうん! がうん! がうん! がうん!


「だから、待てってェのクソガキ! あ、くそ」


 ぴしり。ひび割れる音。


 次の刹那。


 どがん! どがん! 


 思いっきりなにかを殴るような音が、空き地に響く。この力押し、間違いない。ざくろさんだ。


「あーもー、このじゃじゃ馬が! 大人しくしてろってんだ、よ!」


 ぬらりひょんの手がなにか、懐からはみ出た箱のようなものを押さえつける。箱は、細工箱のように見える。パズルのようにして開ける箱だ。黒の漆塗りの、高級そうな箱である。ざくろさんが吸い込まれた箱だ。大きくひびが入っている。間違いない、ざくろさんはあの中だ。


 どがん! どがん! どがん!


 殴りつける音は止まらない。


「大人しくするのはテメェだっつーの!」


「が、ッ!?」


 俺は青年の手の甲ごと、箱を杭で貫いた。


 ぴし。ぴしぴし。どんどんひびが広がる音がする。


 どがん! どがん! どがん! どがん! どがん!


 箱の内側から響く、殴る音が強くなる。


 がうん! がうん! がうん! がうん! がうん!


 俺がダメ押しで、更に杭を撃ち込む。


 箱が、割れる。ひび割れた裂け目から、黒髪にセーラー服の人影が落ちてくる。ふわりと空中で一回転して、彼女は俺の上に降ってきた。


「――聖司!」


「ざくろさん!」


 空中、頭上から涙目で落ちてくるざくろさんを、俺は横抱きにして受け止める。


「外からは異能で、内側からはブン殴って封印を解いたってのかよ! どんだけ力押しなんだおめーら! くく、面白え!」



 ぬらりひょんはかえって愉快そうに、羽織に包まれた両手を広げた。

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