第54話 色々と作ってます。

 パソコンを使うことで会計処理は早く終わるようになったので、余った時間で私は厨房に陣取る。

 手を洗い、足元を消毒してから入れば、そこには修平君がいつも使っている道具が置かれている。

 ご家庭にあるよりもずいぶん大きな鍋や包丁、冷蔵庫。

 業務用だからだと思うのだけど、怖い。特に包丁。大きくしかも手入れされた包丁だ。気をつけて触らないと、指がスパッとなくなってしまうだろう。

 しかも、こんなにキチンと手入れされているものを、もしも私がダメにしちゃったら?

 刃こぼれなんかさせたら、修平君の仕事に支障が出ちゃう。


「何を怯んどる」


 黒猫姿に戻ったばかりの官兵衛が、チリチリと鈴を鳴らして寄ってくる。


「だって、ここにあるのはプロの道具よ。私ごときがおいそれとは扱えないじゃない」

「意外とまともな答えじゃの。痛い目見てから気づくかと思ったが、道具を見て気づくとは、これは僥倖ぎょうこう


 いや、痛い目見たら、指無くなっちゃうじゃない。さすがに気づくわよ、そのくらい。


「ほれ、そこの流し台の下、扉を開けてみろ」

「ここ?」


 官兵衛に言われ流し台の下の扉を開ければ、普通のご家庭で使うサイズの調理器具が出てくる。


 プラスチックのまな板、万能包丁、小さな片手鍋、テフロン加工のフライパン。


「助かる! これなら使えそう!」


 大掛かりに作るようになれば、プロ用の道具も使わざるを得ないだろうが、今はまだ試作品を作る段階だ。これで十分なのだ。


「修平の祖母が、日頃のご飯を作るのに使っていた道具じゃ」

「そうなの……。あ、それって、修平君にとって大切な物なんじゃないの?」

「まぁそうじゃな。まだ修平がここに住む前には、それでよく祖母……ミサヨが、修平の好きな物を作っていたものじゃ」

「じゃあ、そんな思い出の品、勝手に触っちゃ駄目じゃない?」


 そうよ。古ぼけた道具だとしても、人の大切な物を勝手に使うほど私は人間が腐ってはいないわ。


「大丈夫じゃ。大きな道具は使い慣れていないだろうし、流し台の下の道具を使うように教えくれと我に言ったのは、修平じゃ」


 しれっとこの猫は……。

 それ、私が厨房に入った時に言わなきゃいけなかったことじゃない?

 

「ほら、時間がないのであろう? 修平が帰ってくるまでにいくつか作るって言っていたであろう」


 そうだった。

 こんなところで、気の利かない招き猫に時間を割いている場合ではないのだ。

 片っ端から試作品を作らなければ、いつまで経ってもスイーツなんてできないのだ。


「修平君のおばあちゃん。この道具、使わせていただきます!」


 両手を合わせて、道具に拝んでから、私は腕まくりして、調理に取り掛かる。


 全ては、修平君とイチャイチャする未来のために!

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