海鮮モフモフ招き猫食堂🐾

ねこ沢ふたよ@書籍発売中

第1話 さあ、準備は完璧!!

 ここは、サスペンス物の撮影でも有名な崖。

 ほら、最後に犯人がなぜだかペラペラと罪を告白しだす、謎のガスでも撒かれているのではないかと疑いたくなる場所。

 先ほどから、足元では、ザッパンザッパンと、大きな波の音が響いている。


 時刻は夕方。本当は、深夜とかの方が良かったんだけれども、真っ暗な中でこんな崖地に来るのは怖いから無理。でも、オフシーズンだし、人影はないから、この時間でも大丈夫だろう。


 そして、私はここで、準備してきた物を広げる。

 履き古した靴を揃えて置く! ヨシ!

 遺書! ……ちょっと字は汚いけれども……ヨシ!

 

 完璧だ。

 これで、私は、自由の身になる。


 風か思ったよりもキツイ。

 だから、せっかく書いた遺書が飛んでしまわないように、大きめの石で押さえておく。これが無くなったら大変。

 せっかくの計画が水の泡になる。


 どうしようも無くなった私の生活。

 それから逃げるのに、私が自殺したことを、周囲に知らしめたい。

 警察に捜索願を出されても困る。

 忙しい刑事さん達の手を煩わせるのはいかがな物かと思うし。

 だから、遺書には、懇切丁寧に、住所と名前、家の電話番号に写真まで入れている。


『自殺願

 このたび、一身上の都合により、勝手ながら、二〇二三年十月五日をもって自殺することとなりました。 中沢理恵子』


 そんな文面。

 遺書の書き方のテンプレは知らないから、ビジネス書の退職願の書き方を真似してみた。


 これで、私の『中沢理恵子』としての人生は、十九年の幕を閉じるはずだ。


 この夕日で真っ赤に染まる美しい海の傍で、一人の人間の人生の幕が下りる。

 素晴らしいじゃない?

 とっても満足だ。


 私は、立ち上がる。

 足元でばたつくスカートが、大海原を航海する帆船のマストのように風をはらむ。本当にいい日だ。突飛な決断をしたものだと我ながら思うが、後悔はない。


 ドキドキと心臓が跳ねて、気分が高揚しているのが分かる。

 鼻をくすぐる潮の匂いが心地よい。

 染めたこともない長めの黒髪は、塩を含んだ風にさらされて、少しべたついている。だけれども、そんなの別に構わない。


 いざ! 旅立ちだ!! 


 真新しい靴で一歩踏み出せば、ドンっと押されて誰かに抱きつかれる。


「へ、変態! ち、痴漢!!」


 慌てる私。


「いいいいいいい、いけません!!!! 何をなさっていらっしゃるんですか!!!」


 私以上に慌てているのは、私の腰に抱きついて、がっちりホールドしている男性。

 私とそう歳は変わらないように見える。

 何って、見れば分かるでしょ?

 残された靴、石でおさえた遺書。そして、ここは海に面した崖の上。

 テンプレ中のテンプレでしょ?


「とにかく一旦離してください!!」

「だ、だだだだ駄目です!! だって、離したら貴女、逝≪い≫っちゃうでしょ!!」

「あたりまえでしょ!! 行≪い≫くに決まってるでしょ!!」


 当然だ! 名探偵にも、サスペンスの帝王船越〇一郎にも、聞かなくても分かる。変態にホールドされて、手が緩めばその隙に逃げるに決まっている。


「何があったかは知りませんが、自殺なんて良くないです!!」


 必死で訴える男。どうやら、変態ではなさそうだ。


「あ……そうよね。でも、違う!! 違うの!!」

「違う? 崖の上、揃えて置かれた靴、そして遺書!! これで何が違うと??」

「もう……もっとよく見て。ほら!」


 私は、自分の足元を指さす。

 私の指が指すのは、真新しい靴。


「あれ? 靴……履いているんですね……」

「そう。ごめんなさい。騙して。私、偽装自殺なんです……」

「……ぎそう……ですか……」


 目をぱちくりさせている。

 手をまだ離してくれないのは、まだ疑っているのだろう。

 私は、名も知らぬ彼に、自分の身の上をゆっくりと話し始めた。

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