海鮮モフモフ招き猫食堂🐾

第4話 事情があるのよ

　大富豪の娘といった類でない私が、どうして許婚なんてモノをもっているのか。

　それは、偶然と貧乏の賜物≪たまもの≫としか言いようがない。

　十四歳だったある日、私は、とある企業のアンケートはがきに一年分のチョコレート菓子目当てに応募したのだ。住所、生年月日、名前、電話番号。そんな物を何も考えずに書いて、投函しようとした。

　動悸はもちろん食い気。高くて買えないお菓子を葉書一枚でもらえるなんて、なんて素敵なんだと思うのは、いたいけな少女としては、普通の発想じゃない？

　私は、マッチ売りの少女が、幻のご馳走に目を輝かせるがごとく、ウキウキと葉書に個人情報を書き込んだのだ。

　それが悪夢の始まりになるとは思いもしないで。

「え、じゃあ、そのチョコレートメーカーの人が、そのハガキの個人情報を悪用して？　わ、怖いですね」

「違うわよ。私、そのハガキを落としたの。道に」

「大馬鹿じゃな」

　官兵衛の間髪入れないツッコミの通り、大馬鹿だった。

　でも、当時十四歳だった私は、深く考えもせず、当たるはずだったチョコレート菓子を手に入れられずにしょげたたけだった。

　大いに後悔したのは、その数日後。

　記載した家の電話番号に、電話が掛かって来た時だった。

　電話の翌日に菓子折りを持った秘書の黒沢と名乗るスーツを着た男性が、家に現れた。とっても生真面目そうな黒沢さんは、頭を下げて、お嬢さんに社長の婚約者になっていただきたいと、言い出した。

「私の名前と誕生日を見た占い師が、黒沢さんの上司の社長と奇跡の超最高の相性の女性だと太鼓判を押したらしいのよ」

「はあ……占いですか。そんなので、結婚相手を決める人、本当にいるんですね……」

　あまりに突然の展開に、修平君はついていけていないのだろう。

　目を丸くしながら、私の話を聞いている。

「私もびっくりしたわよ。だから、半信半疑。でも、実際結婚するのは成人して学業が終わってからだと言うし、それまでは自由にしていて良いって言うし、今後の金銭的援助をさせてもらうって言うし、目の前の高級菓子折りは、万疋屋の食べてみたかだあの憧れのフルーツ山盛りサンドだったし」

　美味しそうだったのだ。パッケージからして。新作スイーツとしてネットでも話題になっていたし。

　実際、後で食べたら、この世のものとは思えないくらいに美味しかったし。

　厳選したシャインマスカットや、一個で五百円する高級苺が、じっくりと甘く煮られて、クリームと一緒に柔らかめのクッキー生地にサンドされていたの。

　口の中で、フルーツの酸味とクリームの甘さが合わさって、そこへアクセントのミントが良い仕事をしていたのよ！

「それで、その眉唾物の婚約話に、同意したんですか？」

「……やはり大馬鹿じゃな」

　前足の肉球をテチテチと舐めながら、官兵衛はまたツッコミを入れる。

　いや、そうなのよ。大馬鹿なのよ。

　私だって、タイムマシーンがあるならば十四歳の私のところに行って、自分に往復ビンタしてでも阻止したい。

　そんな菓子折りに負けてはいけないって、説得したい。

「だって、仕方ないじゃない。お菓子は美味しそうだったし。制服に一目ぼれして行きたかった私立の高校は、学費が高くて断念しなきゃいけないかもって時に、そんな美味しい話が来たのよ？　それに、その婚約者は、お金持ちなんでしょ？　それなら、美人の大人の女性がいくらでも声をかけてくるでしょ？　心配しなくても、私が学校を卒業するまでに向こうからお断りの連絡がくるだろうと思って」

　金持ちの気まぐれだと思ったのだ。すぐに、この話はなかったことにして欲しいって言ってくると思っていたのだ。

　しかし、予想に反して、お断りの連絡は来なかった。

　結婚発動条件は、成人して、さらに学業も終了した時。

「あれ？　じゃあ、大学にでも進学すれば、結婚はまだ先なのではないですか？」

「それがね……志望校に入れなかったの」

　落ちたのだ。入学試験に。

　私立の大学に入って、これ以上返せそうにない金銭的援助を受けるのは駄目だと、馬鹿な私でもさすがに気が付いたから、国公立を受験したのだが、見事に全滅。

「それで、思いあまって偽装自殺を……」

「そう。さすがに、死にましたという結果になれば、それ以上追いかけもしないだろうと思うし。……しばらく死んだことにして、その顔も知らない婚約者が、他の人と結婚でもすれば、ひょっこり元の家に戻ろうと思っていたのよ」

　顔も知らない、十四歳の娘に結婚を申し込む変態と結婚して、人生を終わらせるくらいなら、自分でひとまず幕を引こうと決心したのだ。

「はあ……まあ、事情は人それぞれですし」

　このろくでもない事情を知っても、追い出そうとはしない修平君に、私は大いに感謝した。