第19話 どうやらダメでした
官兵衛の言葉が響き渡った後、辺りは静まり返る。
さわさわと長閑に渡る風。
虫の音が、とっても可愛いらしい。
田舎の夜の畑。
街灯があるとはいっても、真っ暗でちょっと怖い。けれど、穏やかだ。
「誰も来ないじゃない」
犯人どころか、猫の子一匹招かれてこないのだけれど。
「我はちゃんと招いた」
「どういうことよ?」
官兵衛の説明によれば、特定の人物を招いた場合、起こりうることらしい。「千客万来」は、テレポートさせて招くわけではないから、相手が遠いところにいれば、すぐには来ない。
たとえば、招いた相手が海外にいるならば、飛行機に乗って招いた場所まで来なければならないから、相当な時間がかかるのだ。
「ええ〜! じゃあ、犯人は今日来ないかもしれないの?」
「当然じゃ。ちょっと考えれば分かることであろう」
いや、知らないし。
てっきり、サッと招いたら、パッと犯人が現れると思っていた。
何よ。それ。じゃあ、犯人が分からないじゃない。
使えない招き猫め。
どうしよう。このまま、帰ろうか。
でも、ひょっとしたら、夜中に犯人が畑に来るかもしれないのよね?
じゃあ、せっかく招いたのだから、待つべきか……。
帰って良いものかどうか、私は迷う。
「さあ、仕事は終わっただろう? 我はもうぷらいべえとを満喫して問題はないな」
「待ってよ。こんな暗がりに女の子を一人にしないでよ」
「いや、女の子と言っても、理恵子であろう?」
ちらりと官兵衛が、私を見る。
「大丈夫じゃ」
「官兵衛?」
いや、自分でも、案外大丈夫そうな気はするけれども。
そんな言い切らないでいただきたい。
お昼間に来ていた乱暴そうなお客さんみたいな人が、オラオラと暴力を振るってきたら、さすがに負けるでしょう?
「ともかく、まだもう少し、犯人が来るのを待つから。官兵衛、つきあってよ」
「ええ~」
心底嫌そうな官兵衛。「はぁぁぁぁぁぁ」と、また、盛大なため息をつく。
「あれ? なにしているんですか? こんなところで」
呼ばれて振り返れば、修平君だった。美久も一緒にいる。
「にゃーん!」
「あ、こら! 官兵衛! どこ行くの?」
美久の姿を見て、官兵衛は姿を隠してしまった。
二人が現れたことだし仕事は終わったと判断して、夜の散歩に行ってしまったのか。
残されたのは、私一人。政さんの畑に、ポツンとカメラを持って忍んでいる。
「こんな暗がりで。探したんですよ? 帰ったらいないから」
探してくれたんだ、修平君。
ということは……私を探すという修平君に、美久もくっついてきたということか。
「あ……ええっと、野菜泥棒が来ないかなぁって思って」
「野菜泥棒?」
「そう。野菜泥棒の写真を撮ろうと思って……」
私は、チラリと官兵衛の去った方へと目をやる。
私よりも官兵衛の能力に詳しい修平君は、それだけで、私がどんな計画を実行していたか察したようだ。
「え、一人で捕まえようとしてたんですか? そんな危険な!」
言うと思ったよ。修平君なら。
そうやって反対されると思ったから、一人と官兵衛で実行したのだ。
「ごめんなさい。でも犯人は来なくて」
「いえ、何もなくて良かったです」
修平君が、心からホッとした表情を浮かべる。
本気で心配してくれたんだ。なんだか嬉しい。
修平君に、帰りましょう、と促されて迷う。
これから、もう少ししたら犯人が来るかもしれない。せっかく官兵衛に招いてもらったのだし。犯人が海外とかじゃなくて車で二十分くらいの距離にいたとすれば、もうすぐ来る頃じゃない?
できれば、もう少し粘ってみたい。
「もうちょっと私は畑を監視してみるから、修平君は、美久を連れて先に帰っていて」
「そんなの出来ませんよ。どうしてもって言うなら、幽子さんが美久ちゃんと先に帰っていて下さい。僕が見張りをします」
「ええ〜。せっかく修平さんとのお散歩なのに! 美久、幽子より修平君と一緒にいる」
「ダメですよ。もし本当に危ないことが起こったら、美久ちゃん大変でしょ?」
「大丈夫だって!」
分かってはいたが、やはりモメる。
三人でワーワー言い争っていると、畦道に人影が現れる。
え、犯人? こんなに騒いでいたのに、招かれてきたの??
「なーにをしとるんじゃ!」
みれば、政さんが立っている。
そりゃ……そうよね。だよね。
政さんの畑だし。そこで人の気配がすれば、気になって見に来るよね。
それに、仕方ないよね。仮に犯人が招かれていたとしても、この状況。
犯人は、人の気配にとっとと逃げているよね。
これは、完全に失敗と言ってよいでしょう。せっかく官兵衛に残業代を支払ってまで実行したのに。
完全敗北と言ってよいだろう。
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