第18話 魅惑の残業手当
誰もいない畑。
そりゃそうよね。今は夜だもの。官兵衛も猫の姿になっているし。
幸い、近くに街灯があるから、真っ暗ではない。
懐中電灯を持って来てはいるけれども、他にも灯りがあることは、地味に有難い。
後は、家の灯りがぽつぽつと見える。
畑の一番近くにあるあの家は、政さんの家だろう。
お野菜は……ちゃんとある。本日は、特に荒らされた様子はない。
大根かな? 青々とした葉が元気に生い茂っている。
政さんが愛情込めて育てているからだろう。畑の野菜は、とても元気で生き生きしている。
細部まで綺麗に整えられた畝には、政さんの畑への愛情を感じる。
それを黙って荒らすだなんて……やっぱり許せない。
政さんは、このまま犯人を突き止めずにいようとしているが、ちゃんと駄目なことだと分からせる方が良いに決まっている。
「はぁぁぁぁぁ」
この盛大なため息は、官兵衛。
「ふぅぅぅぅぅ」
大きく息を吐く官兵衛。
とっても悲しそうだ。
「無理矢理連れて来たのは悪かったけれど。そんな嫌??」
「嫌だとも。嫌に決まっておる! この時間、我は夜の散歩をして優雅に近所を見て回っているはずなのだ! 幸せな「ぷらいべぇと」があるからこそ、日々の仕事にも集中できるというものなのじゃ!」
幸せなプライベート。それはとても大切。そんなの分かっているけれど。
いいじゃない。ちょっとくらい。
今日くらい。
「嫌ならむしろ、チャチャッと仕事終わらせてよ。ほら、官兵衛が犯人を招いてくれないと終わらないのよ」
「まったく……。本来、我の力は、良客を招き、悪客を防ぐものなのだぞ? それを野菜泥棒などという悪客の真髄のような輩を招かせようなどと。邪道にもほどがある」
残業させられたことだけではない。仕事の内容にも文句があるようだ。
官兵衛は、ブチブチとグダグタと文句が止まらない。
……仕方ない。
ここは、あれを出すしかない。
「官兵衛。残業って言っても、私は、サービス残業はさせないわよ」
「??」
スッとポケットから私が取り出したのは、市場の片隅の雑貨店で売られていた品。
こんなところで?? と、目について、修平君がお魚を吟味している間に買ったのだ。
きっと店主は、猫好きだったのだろう。
猫用のグッズをあそこで売る理由なんて、それ以外に考えられない。
「そ、それは!!」
官兵衛の目が私の手に釘付けになる。
良かった。普段から人間の料理も食べて、新鮮なお魚も食べている官兵衛なら興味を示さないかもと、ちょっと心配していた。
「残業手当。欲しくない?」
「欲しい! あ、いや、しかし。だが……」
うぬぬぬ、と官兵衛が唸っている。
悔しいのだろう。
残業手当にコレは欲しいが、かなり迷っているのだ。
ふふん。これは、絶対に私の勝利でしょう。
コレ、すなわち、猫様スティック!!
猫様の嗜好を研究し尽くした人間の叡智の塊。数多の猫を虜にしてきた逸品。
元は木で作られた招き猫と言えども、どうやら官兵衛もちゃんと猫の端くれだったようだ。
この猫様スティックを前にして、ひれ伏しないわけがないのだ。
「ほら、欲しかったら仕事終わらせてよ!」
「し、仕方ない。政の畑を守るためだ。修平の店に野菜を卸している政の畑を守ることは、これすなわち、修平の店を守ることにも遠くつながる! こ、今回だけは特別じゃ」
チョロい。官兵衛、意外とチョロいかもしれない。
ごちゃごちゃ言いながらも、官兵衛はチュールを前にしてあっさり折れた。
「準備は良いか?」
「良いから早く!」
私は茂みに身を隠して、カメラを構えた。
今日、野菜を盗む犯人を捕らえるのは、ちょっと怖い。きっと、犯人は、大人だろうし。私、武闘派ではないから、きっと、戦いになったら負けちゃうし。
だから、犯人の姿を撮影して、証拠として後日突きつけるのだ。
官兵衛が大きく息をすう。
さあ、官兵衛、頑張って!
「千客万来!!」
官兵衛が、能力を使った。
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