第45話 アイドル最強

 イケメンの黒猫五匹。

 官兵衛よりもずっとイケメンだと思うの。

 

「皆、我の猫の姿そっくりじゃの。さすが我の招きじゃ。完璧じゃの!」


 官兵衛は満足そうだ。招き猫姿のままの官兵衛の喉がゴロゴロと鳴っている。

 もう一度言うわね。どの猫も官兵衛よりもずっとイケメンだと思うの。

 スリムだし。くたびれてないし。

 若い猫達だからなのだろう、毛並みだってツヤツヤでお目々もキュルルルンくりくりなのだ。


 招いてもらったのは、納言好みの野良猫。

 ここで飼ってもらうことになっても支障のない猫。

 条件を限定したから、五匹も集まったのならじゅうぶんだと思う。


「にゃあ!」

「ニャ!」

「引き受けてくれるらしい」


 官兵衛と五匹のアイドル猫達の間で話し合いは成立する。

 納言達を引き留めてくれるらしい。

 黒猫達にとっても、この裕福な納言達の元で生活できることは願ったり叶ったりなのだそうだ。


「まぁ、修羅の世界たる野良猫界隈を引退したかったらしいからの」

「良かった。利害が一致したのね」


 何はともあれ、納得してくれたなら良かった。


 黒猫集団は、私達の前に出て、五匹五様にポーズをとる。

 ノビをするもの、ボニャールかますもの、クルンと回って見せるもの、コロンと転がって可愛さアピールするもの、そして、お行儀良く座ってジッと納言を見つめるもの。

 この子達、ノリノリだ。

 ここはもう、黒猫アイドルオンステージ!


「良い! 何これ!」


 納言が声をふるわせている。

 初めて推しのコンサートに行った少女のような感激っぷりだ。

 しかも、五匹全員が自分好みのグループって、そんなコンサート、最高すぎでしょ。


「ニャーン」


 これ以上ないっていうくらいに最高のタイミングで、センターに座ったイケメン黒猫が甘い声で鳴けば、納言が「ひゃー!」と、悶える。

 ライブでファンサくらった感じだろう。


「納言様、大丈夫ですか??」

「もう駄目かも〜!!」


 納言、あえなく萌え死……。

 おっと、これはさすがに冗談として、深窓の招き猫である納言は、この突然のイケメンアイドル猫集団の出現に、オロオロしている。


「時也! おもてなし! おもてなしを早く!」

「は、はい。何を?」

「ご飯よ! お腹を空かしていらっしゃるわ! シェフに命じて用意して!」


 納言の命令とあっては、時也が動かないわけがない。

 周囲を見回しても、あれだけ居た警備員たちは、第一陣のドブネズミ君達の活躍により一掃されている。そうなれば、五匹の夢イケメンアイドル黒猫集団のおもてなしは、時也がせざるを得ないのだ。


 時也は、慌てて厨房へと向かいだす。


 狙い通りだ。

 そして、その結果として、私と官兵衛は、ほら、ね、放ったらかしになるの。


「さ、行くぞ! 理恵子!」

「分かっているわよ。官兵衛」


 私達は、納言達を残して悠然と玄関の外へ出た。


「あ、ちょっと! 待て!」


 去ろうとする私達に時也が声をかける。

 私は、クルリと時也の方を向いた。


「私、自分で考えて動けない人は嫌いなの」


 そう捨てセリフを吐いて、私は、さっさと外へ歩き出した。


「偉そうに。理恵子が借金をしたから悪いんだろう?」


 官兵衛が私の手の上に呆れている。


「そうだけれど。ちゃんと返すし」


 その方法もちゃんと考えている。

 私達は広い庭をようやく通り過ぎて、磯村家の門を通り過ぎる。

 大きな磯村の屋敷の前、表通りに、車の行き来は少ない。


「さ、いいから帰るぞ」

「そうよね。だから、ほら。官兵衛、タクシーとか呼んでよ」

「な? 我の招きを、タクシーアプリの代わりに? またそんな、我の招きの無駄遣いをしようと!」

「だって、仕方ないでしょ? 帰ろうにも、歩いては帰れない距離なんだから」


 そう。ヒッチハイクにぴったりの車も、タクシーも、呼べるの。官兵衛ならね。

 なんて、どこかの広告みたいな言い方をしている場合ではない。

 こんなところにずっといても仕方ないのだ。

 タクシーを呼んでもらって、せめて最寄り駅まで行ってもらわねば、どうしようもないのだ。


「ほら、出し惜しみしないで。さっさと招いてよ。タクシー」

「いや……必要ないようだぞ。見ろ」


 官兵衛に言われて見てみれば、見覚えのある車が停まっている。


「ちょっと、官兵衛! 官兵衛が修平君を招いたの?」

「いや? 修平が勝手に磯村の家を調べて来たんだろう」


 私達の姿に気づいた修平君が、車を降りて駆け寄ってきてくれる。


「理恵子さん、官兵衛。良かった!!」


 ほんの数日前に別れただけのはずなのに、修平君の姿はとっても懐かしく見えて、胸が締め付けられる。

 良かった。帰れるんだ。

 修平君の姿を見て、私の心はほぐれてくる。自分で思っていたよりも、納言達のそばにいたことに緊張していたみたいだ。


「修平君……」


 涙が出てきた。

 私は、修平君に抱きつく。


「理恵子さん? よっぽど怖かったんですか?」


 私に襲われて、修平君が慌てている。


「ううん。怖かったんじゃないの」


 でも、修平君の姿に、ほっとして、それで抱きつきたくなったの。

 引きはがすようなことはせず、そっと何も言わずに修平君が背中をさすってくれる。温かくって落ち着く。


「いいから、早く。帰るぞ!!」


 官兵衛うるさい。



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